パソコンとインターネットに出会う(ったとき)
自己紹介エントリーの”いままでやってきたこと”の順に沿って記事を書いていきます。
自己紹介エントリー
コンピューターおばあちゃんとの暮らしがはじまる
私は大分県で産まれました。
母親と父親が19歳のときに妊娠がわかって、20歳のときに出産した子だそうです。
母は忙しく働いていて。気が短く、いつも騒いでいる印象。きっと、必死だったんだと思います。
父はタバコを吸ってた記憶くらいで、あまりおぼえていません。
母方の祖父母は私が初孫だったこともあり、大変かわいがってくれました。
3歳の時に両親が離婚し、祖父母の家で一緒に暮らすことになりました。
その離婚の決め手になったのは私だそうです。
私には3歳違いの妹がおり、離婚する頃には3歳の私と0歳の妹を抱えて生活もしんどかったんだと思います。よく両親がぶつかっていました。
母がずっと泣いている時に祖父母が好きだった私が”じいちゃんばあちゃんところにかえろう”と言ったそうです。
それが決め手で祖父母と一緒に暮らす生活がはじまりました。
私の最初のターニングポイントだったのかなと思います。
前段が長くなりましたが、この一緒に暮らし始めた”ばあちゃん”が大変モダンな人物で私の人生に大きく影響していくことになります。
コンピューターおばあちゃん
この大変モダンな人。
昭和6年生まれ、8人兄弟の末っ子
じいちゃんより9歳年上
マイルドセブン吸う
師範学校出てるらしい (自称)
戦後、丸の内でOLしてたらしい (自称)
という経歴の持ち主だそうで、新しいものに対して興味がある人だったそう。
このばあちゃんに3歳くらいの頃、ジャムってしまったVHSのビデオデッキを修理したところとても褒めてくれて、それ以降うれしくて家中の機械を分解したり組み立てたりを繰り返す修理担当の機械少年になりました。
小学校の視聴覚室にwindows95搭載のFM-Vが20台ほどプレ導入されて、起動してペイントで絵を描いてシャットダウンするだけの授業がありました。
当時、機械少年だった私はそれを分解したくて仕方ない欲に駆られて。
ばあちゃんにパソコンが欲しい とせがみました。
ただ、当時はとても高価なものであり。
前述する生い立ちの家庭なのでとても買ってもらえる値段ではありませんでした。
それから半年以上。ずっとパソコンに取り憑かれた私は市内の電気屋さんやジャンクショップでカタログを集めて持ってる気になっていました。
パソコン買ってもらえた
そこから数年して、仲間と遊んでいたら。帰ってこいと連絡があり。
かえると使い古された Aptiva がありました。
ばあちゃんが親戚のおじさんに頼んで、企業から払い下げられた廃棄予定の端末を1台用意してくれたものでした。(年金を工面して、手配してくれたそう -> セキュリティの観点でいまではとても考えられない)
メモリ増設モリモリでも32MB 内蔵HDDにまともにOS入らず。一緒に払い下げられた外付けのSCSI接続のHDD 1GB がおまけでくっついてきただけの代物でしたが嬉しかった記憶があります。
自分で設定して使えるようにしてみろ とのことで。必死になってセットアップするところが私のパソコンとの出会いでした。
そこから1年ほどかけて、使えるようにして。インターネットに繋いだところから私の人生の出会いとキャリアが始まったと思います。
なんで、パソコン買ってくれたの?
ばあちゃん曰く、”これから世界中が通信でつながって仕事をする時代がくる。” とのことでした。 1997年の夏休みのおはなし。
