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エースの沈黙

「ーーーーーーーーーっ!」

なにこれ。なにこれ……!
訳も分からず、飛び込んだ森の中を駆け抜ける。
次々と現れる木の枝や、背の高い野草を振り払い、とにかく追ってくる後ろの気配から逃げ続けた。
降り積もった枯れ葉の山が、足の自由を奪い、もつれさせて、もどかしい。

早く……! 早く逃げないと!

今日もいつも通り、私の「普通の日常」が終わる予定だった。
私自身が「普通」ではないのだから、そもそも「普通の日常」なんて、ありえないことなんだけど。

私の寿命が尽きるまで、あと2年。
この取り決めに抗ったことはなかったし、理不尽だと思ったこともない。
ただ、「仕方ないか」 それしか思ってこなかった。

でも……!

「こんなのは、イヤ……!」

迫りくる気配を感じて、咄嗟にしゃがんだ。
頭上を、何かが風を切って横切る。
「ーーーーーーっ!!」
瞬間、左からの衝撃に息が止まり、体が右に弾け飛んだ。

背中を地面に打ちつけたが、かまっている暇はない。
投げ出された反発力を利用して、なんとか立ち上がり、再び走り始める。
もう身体中が痛くて、早く家に帰って休みたかった。
……このままでは、無事に帰ることができるのかどうかも怪しいが。

くずれそうになる足に何とか力を入れ、切れた息を整えることもできないまま、私はとにかく走り続けた。
時折、右から、左から飛んでくる気配を、間一髪で避けながら、どこに向かっているかも分からないまま走り続ける。

私を追ってくるのは、同じ年くらいの女性だった。
会った記憶はないが、どこかで、私が何かをしてしまったのかもしれない。

その女性の鋭い目つきは、私を憎悪しているとしか思えない、暗い光を湛えていたから。
そして、私が「エース」であることを知ると、有無を言わさず、殴りかかってきたのだ。

それから数刻、この理不尽な追いかけっこは続いている。
体力もとっくの昔に限界で、殴られたり、蹴られたりしながら走り続けた体が、否応なく悲鳴を上げる。

もう、無理かもしれないーー。

そう少し、気を緩めた瞬間、背中に、これまで感じたことのない強い衝撃を感じた。

「ーーーーーーーーっ!」
何度目かの、息が止まる瞬間。
前のめりで倒れた体を、手も足も支えることができず、顔から地面に突っ伏した。

急いで立ちあがろうとしたが、背中にさらに強い衝撃が走る。
「ーーーーーーーかはっ!」
腕の力で少し地面から浮いたと思った身体は、次の瞬間には、上から踏みつけにされ、腐葉土の匂いのする地面に叩きつけられ、身動きが取れなくなった。

「はぁ。手間かけさせやがって」
一瞬、ふっと緩んだ背中の重力が、さらに倍になって叩きつけられる。
「ぐっ!!!」

なんの抵抗もできないまま、何度も襲ってくる衝撃。
どのくらいの時間が経ったのか、私の身体の力が抜けるまで、この仕打ちは続いた。

やがて、背中への衝撃が止むと、おもむろに身体が宙に浮く。
彼女が、私の首を持ち、足が地面につかないところまで持ち上げたのだ。
「ーーーーーーーーっ」
そのまま、首に力が込められ、わずかだった呼吸も行き場をなくす。

く……るしい…………
もう動かないと思っていた手で、彼女の腕を引っ掻き、足をバタつかせて抗った。
しかし、彼女の腕はびくともせず、だんだんと腕が宙を掻く。

そのうち、何が何だかわからなくなり、腕にも足にも力が入らなくなった。
息ができているのかどうかもわからない。

「ふんっ」
つまらなそうに放った彼女の声を合図に、私の体は無造作に宙を舞った。
全身に走ったはずの衝撃は、もはや痛みも感じず、自分は捨てられた人形のようだと思った。

身体は解放されたはずなのに、もう、目を開けることも、指の1本を動かすこともできない。
しばらく近くにあった気配が、枯れ葉を踏む音とともに遠ざかるのを聞きながら、私は意識を手放した。

近づいてくる、別の足音には気づかないまま。

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