見出し画像

bullrig

 真っ青な空に不穏が溶け込んでいる。美しい。ふいにそう思う。そういう感覚はまだあるのだと思い知らされる。街中ではだれかの独り言が、呪詛が、感嘆詞が、あちこちに落ちて、流れて、そして消えていく。その合間にも、嬌声と罵声が飛び出ては破裂していくのだ。露店で絵を売る絵描きが、いかに自分の作品が素晴らしいかを説いている。この色彩が表しているのは、人々の優しさです。靴音がそいつをわらい、排除する。電子音の羅列。人工音声がしかるべきタイミングで再生する絶頂のいななき。理解を示す仕草と、剥き出しになる舌打ち。俺たちってさあ、マジでレアじゃね? 鎖国のタマモノ的な? 腸も長いし? 純ジャパとかいうつるむしか能がないやつら。日本語しか喋れねえやつらが何か言ってらあ。そうは思っても口には出さない。ここは日本だが、かつての日本じゃない。自由は純ジャパ連中が謳歌して壊していった。腐らせた。管理したがる純ジャパ連中も結局は酒浸りになった。居酒屋で適当にだべって、下請けにうまいことやらせてりゃあ結果オーライ、多少の齟齬はあってもたまに甘い顔してやりゃあやつらは反抗してこない……いうなればね、あれは頭の弱い女みたいなもんで、しつけがものをいうんですよ。安い居酒屋にしけこむのはたいてい混血だときまっている。純ジャパはそんなところにいかないし、プライドがゆるさないですよね、だって我々純血ですよ? まじりっけなし、ってのは世界共通、コカインだってヘロインだって、どこでだって高値で取引されるんだから。ダイヤモンドだってそうでしょう。だから、我々がこんな下層にいるのは仕方なくですよ、しかたなく、そうしてやってるだけなんです。プラスチックのコップの中にうすく、青い色の液体が注がれる。アルコールとは名ばかりの酒。底にあった塵が舞う。隣のテーブルでは混血への憎しみが熱く語られていた。あんたはまだ若いからわからないんですよ。あとは……容姿がまだいいからね、混血なんて見た目がいいだけの野蛮人だからね。連中、自分さえよけりゃあなにしたって構わないと思ってますから。ここは日本なんですよ。日本語さえ喋れればいいんです。
 日本語しか喋れねえやつが何か言ってらあ。異様に明るい電飾が連中の瞳をぎらぎらさせる。色の名前が百通りあっても、神様がくさるほどいようと、歓楽街の便所で合意でーすと叫びながらげろを吐きまくる女に腰を振り続ける男を面白おかしく動画におさめてそれを世界中にびっくり光景と名づけて拡散しまくるやつらと逆に新しいとかいいつつそれをもてはやすやつら、こそこそ笑いながら保存するやつら、そういうやつらしかもうここにはいない。美しい空はだんだん暗くなってくる。最初に燃やした時のことを思い出す。あれは家か工場か、解体現場だったか、もう思い出せないけれど、真っ黒い煙が空にのぼっていくのが、それをそっと風が凪いでいくのが、とても美しいと感じた。肉の焼けるにおいは牛も人間も変わらない。下層とはそういうところだ。ところが純ジャパ連中は中層にもいけやしないやつらが多い。職を奪われている。やつらはそういう。誰でもできる仕事なんてしたくねえしなあ。いまや乞食でもしてるだろ? あほらしくてさあ。農業なんてオートメーションデショ。知恵遅れでもデキチャウヨネ。連中は高みしか望んでいない。だから混血を憎んでいる。だから彼はなんでもやった。純ジャパ連中をひとりでも減らすために、ひとりずつ、確実に仕留めていった。俺のようなやつは他にもたくさんいる。彼はそう信じている。その時がくれば、本当の希少種になれば、世界中の連中は保護を訴えるだろう。空は美しいままだった。
 気がつくーー月が出ないからだ。大抵の人間はそんなことにも気がつかない。どんなやつでも身内には甘い。馬鹿なほど可愛いっていいますでしょ。あれね、本当なんですよ。通りすがりの中年女の声は異様なほど誇りに満ちていた。あれは攫いの連中かもしれない。見た目麗しい下層の貧民を騙して連れ去り商品にするやつら。バレーニエと呼ばれる域までくれば上層のくらしが手に入る、とかいう夢のような話、実際はそんなことはなく、ひたすら客を取らされて、腐って捨てられる。昔のようにチャンスがあればあなたにも優雅な暮らしがーー桃色のサテン生地で覆われた人形のドレスが滑稽なまでに切り裂かれてオールドファッションドな暖炉に投げ込まれていく光景が脳のあちこちで再生される。これは運命なのではない。彼は中年の女の後を追い始めた。長い髪のうねり、誰かと話す声の調子は乱れて、耳飾りの色が不気味に変化した。
 靴音が影を濃くしていく。風が消えた。裏路地にはいっていくーー吸い込まれていくように。闇がやさしく彼らをつつんだ。

いいなと思ったら応援しよう!