I love Internet.(名前を変えます)
2010年夏、携帯をiPhoneにした。ソフトバンクのポイントがたくさん溜まっていて、確か、吉本ばななさんのエッセイで「これは革命だ」と書いてあったから。あっという間にTwitterに夢中になった。まだやっている人が少なかったから、大好きなラジオの向こうの人とも「友だち」になれた。あの時のTwitterは本当に楽しかった、誰とも距離が近くて、まだ商業化されていない頃だ。3.11の速報リツイートと、帰宅困難になった知人と連絡をとり自宅に招いたのが、当時のハイライトだったと思う。
遡ること2000年代。一家に一台Windows95、で掲示板文化を横目で見ていたから、上京して最初にパソコンを買い、自分だけのアドレスが出来たのは嬉しかった。hotmailとskypeでサークルの会議をし、mixiの足あと機能で深夜に友だちと騒ぎ、はてなダイアリーとRSSで近況を伝えあった。
牧歌的な時代が終わったのは、大学3年の秋のこと。東京にいる家族みたいに信頼していた人の、手ひどい嘘を知った。世界がばらばらに崩れるようだった。なぜかそこで、mixiに書き続けていた日記の、全部のログを消した。昨日までと今日からが、同じ地続きだと信じられなくて。
数年かけて回復し、Twiterを始めた。ブログを書いた。楽しかった。でもそこから複数回、「インターネット上になにか書く」を諦めることになる。一度目は仕事との兼ね合いで、大好きなTwitterアカウントを手放さざるを得ないことに。口惜しかった。二度目は離婚を決意した時。相手方と万一裁判になったとき、日常を綴ったブログの存在は相手方に有利になる可能性がある、閉じるように、と助言されたのだった。当時も今も、真偽はわからない。悔しかった。今度はログは取ってある。
noteではこれまで1年間超、ペンネームで書いてきた。理由は1つ。
安全な場所で、書きたいことをのびのび書きたかったから。インターネットと現実が地続きになった今、守るべきものは遥かに重い。
検閲を警戒すること。しかし忘れないこと―社会においても個々人の生活においてももっとも強力で深層にひそむ検閲は、自己検閲です。
(これは、ずっと自分自身に言いきかせているアドバイスでもある)」
『良心の領界』NTT出版、2004年(原文では太字部分は傍点表記)。
実際私は、読まれたくない人たちを想定し、本人断定ができないように何重かの対策をした。何よりも頭の中で「あの人たちが読んでいる」と思った時、何も書けなくなることが怖かったから。二度とアカウントを消したくない。仲良くなった人と別れたくない。痕跡を残さずインターネットから消えるのは、もう辞めにしたい、続けたい、と思ったのだった。
今週、トラウマ治療、4回めが終わった。
気づいたのは、ばらばらだと思っていた世界のこと―これ以上なく惨めな瞬間も、調子に乗ってイエーイ!って言ってる瞬間も、どの場所にいた私も同じ私だった、ということ。昨日と今日とはちゃんとつながっていて、諦めさえしなければ、時間は続いていくのだった。
"生きることを諦めてしまわぬように"
もし私がフィクションやSFや、短歌や俳句……もっと日常と切り離した表現ができるのだったら、このペンネームはうまく機能したかもしれない。筆名は日本文芸の伝統だし(漱石だって子規だって)、軽やかに使いこなせたらどんなにいいだろう。でも私は、リアリティに恋をしている。現実で起きることは、私の想像力をいつも圧倒する。この身体を通ったことしか書けない。さらに研究も始めてしまい、研究で書くことと、生活で書くことがどうしても分けられない、ということにも気づいた。これは業病だ。
そして何より、ちりぢりばらばらになっていくのがもう嫌なのだった。あの私とこの私、ひとつにして話していきたい。生活も研究も分けたくない。分け隔てなく考えられるようにこのテーマにしたのだから。そして人から見た時に、もっとわかりやすくしたい。私は私です、と言えるようでいたい。もっとたくさんの人に、できれば気が合う人に、文章を通じて出会っていきたい。
というわけで、もうすぐ名前を研究者ネームと一つにするかも、という予告でした。慣れない名前で出てくると思いますが、どうぞこれからもご贔屓に。
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