【意外と知らない】畳は「日本発祥」って本当?創業170年の畳屋が教える、畳と日本人の深〜い歴史
こんにちは、佐賀県で創業170年以上続く老舗畳店「青畳工房」の六代目、畳マンこと古賀隆夫です。
突然ですが、皆さんにクイズです。
「畳」はどこの国で生まれたものでしょうか?
「中国から伝わってきたんじゃないの?」
「シルクロードを通って…」
そう思われる方も多いのですが、実は……
畳は、正真正銘「日本生まれ」の床材なんです。
中国や朝鮮半島にも「ゴザ」や「ムシロ」のような敷物はありましたが、厚みがあってクッション性のある「畳」というスタイルに進化したのは、日本だけ。
今回は、意外と知らない「畳の歴史」について、畳職人の視点からわかりやすく解説します。
「へぇ〜!」と思わず誰かに話したくなる、畳のトリビアをお届けします。
「畳」の語源は「たたむ」から?
そもそも、なぜ「たたみ」と呼ぶのでしょうか?
そのルーツは、動詞の「たたむ(畳む)」にあります。
古代の日本では、畳は今のように部屋全体に敷き詰めるものではありませんでした。
薄いムシロやゴザのような敷物を、使わないときはパタパタと「畳んで」収納していたことから、「たたみ」と呼ばれるようになったと言われています。
現代でいう「折りたたみマット」や「ラグ」のような感覚だったんですね。
畳の進化は「身分の象徴」だった
🟢 奈良時代:現存する最古の畳
奈良時代の遺品が眠る「正倉院(東大寺)」には、現存する最古の畳「御床畳(ごしょうのたたみ)」が保管されています。
これは木製の台の上にムシロを重ね、い草のカバーを掛けたベッドのようなもの。
この頃は、天皇や貴族など、ごく一部の高貴な人だけが使える特別な座具でした。
🟢 平安時代:厚さで身分が決まる!?
『源氏物語』や『枕草子』の時代になると、貴族の邸宅(寝殿造)で畳が使われ始めます。
面白いのは、「身分によって畳の厚さや縁(へり)の柄が決まっていた」こと。
偉い人は分厚くて豪華な縁の畳に座り、そうでない人は薄い畳……というように、畳は権力のバロメーターでもあったのです。
部屋全体に敷き詰められたのはいつ?
私たちがイメージする「和室全体に畳がある風景」。
これが一般的になったのは、鎌倉時代から室町時代にかけてです。
「書院造(しょいんづくり)」という建築様式が生まれ、部屋の形に合わせて畳を敷き詰めるスタイルが定着しました。
さらに、「茶道」の普及も大きなきっかけに。
千利休が完成させた茶室の世界では、畳の配置や歩き方までもが作法となり、日本人の美意識と畳が完全に融合しました。
江戸時代にやっと庶民のものへ
その後、江戸時代になってようやく一般庶民の家にも畳が普及し始めます。
「畳師(たたみし)」という職業が登場したのもこの頃。
こうして長い年月をかけて、畳は日本人の暮らしになくてはならない存在になったのです。
現代の畳、そして未来へ
明治以降、西洋建築が入ってきても、日本人は和室を手放しませんでした。
そして令和の今。
生活スタイルは変わりましたが、畳も進化しています。
縁のないスタイリッシュな「縁なし畳」
カビやダニに強い「和紙畳」「樹脂畳」
フローリングに置くだけの「置き畳」
形は変われど、「靴を脱いで床に座る・寝転ぶ」という日本独自のリラックス文化は、畳という土台があったからこそ続いてきたのかもしれません。
もしご自宅に和室があるなら、ぜひ一度、畳を撫でてみてください。
そこには、1000年以上続く日本の歴史と知恵が詰まっています。
「うちの畳、そろそろ古くなってきたな…」
そう思ったら、ぜひ歴史ある畳のプロにご相談くださいね!
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この記事は、青畳工房公式ブログの内容を、note読者向けに再構成したものです。ブログでは、より具体的な作業風景なども紹介しています。
