伏見稲荷のすずめときつね
東福寺の南大門の前にあるヴィーガンレストランで、遅めのランチを食べながら、この後どうしようかと考えた。
朝早くから東山の寺院を歩いた。
このまま帰るには少し早い。
四条まで、出る気分じゃないし、JRで京都駅まで行こうか、そう考えながら店を出た。
そこで、本町通りを南へ行けば、伏見稲荷まで歩いて行ける距離だと気づいた。
久しぶりに、伏見稲荷に行ってみようと思った。
車の通る本町通を避け、東の裏通りへ入り、閑静な住宅街を歩く。
昼下がりの日差しは汗ばむ程で、初夏の訪れを感じさせる。
15分ほど歩くと、赤い鳥居が見えた。
伏見稲荷大社の敷地内に入り、中を進むと、ちょうど朱色の鳥居が並ぶ千本鳥居のあたりに出てきた。
かなり混雑している。
日本人を探すほうが難しかった。
千本鳥居を進もうとするが、鳥居の入り口の真ん中で写真を撮る人でごった返している。
結局、進むのをあきらめて本殿の方へ回った。
青い空に朱色の鳥居。
こういう日本的で写真映えするところが、海外観光客に人気なのだろう、と納得する。
京阪電車の駅前から続く裏参道へ出た。
駅からの道の両側には店が並んでいて、こちらもかなりの混雑だった。
ふと”祢ざめ家”(ねざめや)の看板が目に入る。
昔からある飲食店だ。
定休日なのか、シャッターが降りていた。
子どもの頃、家族で初詣に来た時の事を思い出した。
”祢ざめ家”の店先で焼き鳥が焼かれていた。
父が、私にあれは”すずめ”を焼いている、と教えてくれた。
けれど、私は長い間それを父の冗談だと思って、全く信用していなかった。
何年もあとになって、それが本当だというのを知って驚いた。
すずめを食べるというのにも驚いたが、父の言うことが冗談ではなかったということにも驚いた。
いつも、そういう冗談を言いそうな父だったのだ。
そのまま店を覗きながら歩いていくと、今度は、きつねの顔のせんべいに目が留まる。
それを見て、息子が幼かった時のことを思い出す。
それは、息子が3歳の頃だった。
やはり、初詣で訪れたその帰りに、きつねのせんべいを買った。
家に帰っておやつにだしたが、息子がなかなか食べようとしない。
どうしたのかと思って訊ねると「きつねさんがかわいそう」と、悲しそうな顔でいう。
「食べるのやめる?」と、聞くと、首を振る。
「大丈夫、これはきつねの形をしているだけで、ただのおせんべいやから」と、きつねの耳をバリっとかじってみせた。
「あ〜」と、小さな声をあげ、ますます悲しげに、泣きそうな顔をする息子。
私は構わず、さらにバリバリ食べた。
しばらく、おせんべいを持って戸惑っていた息子が恐る恐る、きつねの耳をかじった。
そしてそのまま、バリバリと1枚食べきったのだった。
そんな可愛らしかった息子も、今年のはじめに、父親になった。
少し買って帰ろうかと、きつねのせんべいに手を伸ばしかけたが、どうせ食べるのは自分だけだと思ってやめた。
道路を渡り、京阪電車の改札口に向かいながら、小さかった息子と、初節句を迎えたばかりの孫の顔を思い浮かべていた。
