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エイジス協会【第6章・完全版】封じられた記憶 ― ランサムウェアの亡霊

はじめに

これは、一人の新入社員が歩む「サイバーの成長物語」。

パソコン操作に少し自信がある程度だった彼女が、やがて数万人の社員と、世界を守る"盾"となっていく。

本作は、サイバーセキュリティをゲームのように楽しみながら学べる物語です。登場するモンスターはすべて、実際の脅威を象徴しています。

あなたも碧と一緒に、この世界を旅しながら"対策の意味"を体験してください。


⚠️ 重要な注意事項

この物語はフィクションです。登場するモンスターや対策は実際の脅威・技術をモチーフにした創作表現であり、実務での正確性を保証するものではありません。

実際のセキュリティ対策については、必ず公式ガイドラインや専門家にご相談ください。


💡 この章で身につく実務スキル

ランサムウェアの基本挙動   暗号化・横展開・身代金要求の3段階攻撃を理解

バックアップ戦略(3-2-1ルール)   3世代・2媒体・1つはオフライン/イミュータブルの設計

復旧優先度設計(RTO/RPO)   どこまで戻す?を事前に決める重要性を体得

インシデント初動対応   隔離→復旧→再発防止の順序を習得

(このスキルは、「防ぐ」だけでなく「取り戻す」ために不可欠です)




プロローグ:黒い水晶

協会の朝は、いつもと変わらないはずだった。

碧は資料庫の扉を開け、薄暗い棚の列を眺めた。 古い羊皮紙から最新の魔導書まで、協会の記録がびっしりと並んでいる。

(昨日の「権限シャドウ」との戦いは、本当に怖かった)

仲間の顔をした敵。 信頼と検証のバランス。 ゼロトラストの思想。

あの経験が、まだ体の奥に残っている。

         * * *

でも、今日は違う任務だ。

グレンから頼まれた過去の報告書を探すだけ。 単純な作業のはずだった。

碧は棚の間を歩きながら、背表紙を指でなぞった。

「第三期防衛報告……第四期防衛報告……あ、これかな」

手を伸ばした、その時。

指先に、冷たい感触が走った。

「え……?」

碧は手を引いた。

背表紙が、黒く変色している。 いや、変色ではない。

結晶化していた。

黒い水晶が、表紙を覆っている。

(なに、これ……)

碧は息を呑んだ。

隣の本にも、黒い結晶が広がっていく。 まるで感染するように、一冊、また一冊と。

「読めない……記録が、凍ってる……」

碧の声が震えた。

         * * *

足音が響いた。

レオンが駆け寄ってくる。 その顔は、珍しく険しい。

「碧、触るな。それは――」

レオンが言い終わる前に、棚全体が黒い光を放った。

ガラスが砕けるような音。

碧は目を閉じ、腕で顔を覆った。

光が収まった時、目の前の光景に、碧は言葉を失った。

棚の三分の一が、黒い水晶に変わっていた。

「兆候はあった」

レオンの声が、低く響く。

「深夜の不審な認証。圧縮ファイルの突発的な増加。暗号化の走り出しだ」

碧は震える声で尋ねた。

「暗号化……? これが、ランサムウェア……?」

「ああ。最悪の形で、やってきた」

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第1節:記憶の凍結

ユナが資料庫に飛び込んできた。

「碧ちゃん! 大丈夫!?」

その声に、碧は我に返った。

「ユナさん……これ、何が起きて……」

「ランサム・リッチの襲撃だよ」

ユナの声が、いつもの明るさを失っている。

「データを人質に取って、身代金を要求する。最も卑劣な敵」

碧は棚を見つめた。

黒い結晶の中に、文字が見える。 でも、どれも読めない。 まるで未知の言語に書き換えられたように。

(暗号化されてる……中身が、全部……)

         * * *

黒田が息を切らせて現れた。

「おい、聞いたぞ! ランサムウェアだって?」

黒田は黒い水晶を見て、肩をすくめた。

「まあ、大げさに騒ぐなよ。バックアップから戻せば終わりだろ?」

その軽い言葉に、碧は胸の奥で小さな不安を覚えた。

(戻せるなら、ね……)

レオンが首を横に振った。

「甘く見るな。ランサムウェアは、バックアップも狙う。横展開して、影本まで暗号化する変種も多い」

「影本……?」

「バックアップのことだ。現代のランサムウェアは、まず復旧手段を潰す。そして、追い詰めてから身代金を要求する」

黒田の顔から、余裕が消えた。

「そんな……それじゃ、どうすれば……」

         * * *

神楽の声が、静かに響いた。

「碧、見て」

碧は振り返った。

神楽が指差す先、棚の影に何かがいた。

黒い霧が、人の形を取り始めている。

頭上には鉄の輪。 手には長い鎖。 鎖の先で、データが黒い水晶に変わっていく。

碧の喉が、乾いた。

「あれが……」

神楽が頷く。

「ランサム・リッチ。封呪の亡霊」

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第2節:ランサム・リッチの出現

リッチの姿が、完全に顕現した。

ローブのように黒い霧を纏い、骸骨のような顔には、赤い光が二つ灯っている。

その口が開いた。

「時間は金だ」

囁くような、しかし資料庫全体に響く声。

「取り戻したければ、支払え」

碧は身構えた。

手が震えている。 足が竦んでいる。

(怖い……でも、逃げられない)

「支払い……?」

「48時間。それ以内に門へ来い。さもなくば――」

リッチが鎖を振った。

鎖の先が棚を撫で、触れた本が次々と黒い水晶に変わる。

「すべてを永遠に封じる」

床に、赤いルーンが出現した。

"支払いは48時間以内" "交渉先:闇の門"

碧は唇を噛んだ。

(時間制限……焦らせてくる……!)

         * * *

レオンが端末を操作しながら叫ぶ。

「現在の被害状況を確認中。資料庫の約40%が暗号化。そして――」

レオンの顔が、さらに険しくなった。

「横展開している。鎖が、ネットワーク経由で他のセクションにも伸びている」

「他にも!?」

「訓練記録庫、会計資料庫、人事記録庫……複数の系統に侵入している」

ユナが青ざめる。

「このままじゃ、協会全体が……」

リッチが笑った。

乾いた、嘲るような笑い。

「鎖は止まらない。一つを守れば、他が凍る。全てを守ろうとすれば、全てを失う」

碧は拳を握りしめた。

(選択を迫られている……何を優先するか、決めなきゃ……)

         * * *

グレンの声が、背後から響いた。

「碧」

振り返ると、グレンが立っていた。

その顔は厳しいが、どこか落ち着いている。

「順番を間違えるな」

「順番……?」

「侵入を止める。重要系から復旧する。再発を防ぐ。この順序だ」

碧は深く頷いた。

「まず、止める……」

「そうだ。広がっている鎖を、まず断て」

グレンが碧の手に、何かを押し込んだ。

木製の楔。 青白い紋様が刻まれている。

「断絶の楔。ネットワークを分離する札だ」

碧は楔を握りしめた。

冷たい。でも、どこか心強い。

(これで、鎖を断てる……)

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第3節:広がる鎖

碧は資料庫の奥に向かって走った。

監査ランタンを灯す。 白い光が広がり、鎖の経路が可視化された。

「ここ……! 鎖の根元がある……!」

鎖は床下を這い、壁を伝い、複雑に分岐している。 まるで血管のように、協会全体に広がっていた。

(全部は追いきれない……でも、幹を見つければ……)

碧はランタンの光を集中させた。

鎖の流れを逆にたどる。 分岐点を一つ一つ確認し、本流を探す。

「あった……!」

棚の奥、古い石壁に亀裂が入っている。 そこから、太い鎖が伸びていた。

         * * *

碧が断絶の楔を構えた、その時。

リッチの影が、目の前に現れた。

「無駄だ」

鎖が、碧に向かって伸びてくる。

「ぐっ……!」

碧は身をかわしたが、鎖の先が腕を掠めた。

冷たい。 氷よりも冷たい。

掠めた部分の服が、黒く変色し始める。

(触れただけで……暗号化が……!)

「碧ちゃん!」

ユナの声。

光の盾が展開され、次の鎖を弾いた。

「大丈夫!?」

「はい……でも、このままじゃ……」

鎖は一本ではない。

リッチが両手を広げると、数十本の鎖が一斉に動き出した。

「さあ、選べ」

リッチの声が響く。

「自分を守るか、記録を守るか。どちらかしか選べない」

碧は歯を食いしばった。

(両方……両方守りたい……!)

         * * *

黒田が叫んだ。

「俺が引きつける! 碧、楔を打て!」

「黒田くん……!」

黒田が剣を抜き、鎖に向かって突進した。

剣が閃き、鎖を斬る。

だが、斬られた鎖は、すぐに再生した。

「くそっ……! 斬っても斬っても……!」

「無駄だと言っている」

リッチが嗤う。

「鎖は本体と繋がっている限り、何度でも蘇る」

黒田の動きが、鈍くなっていく。

息が上がり、剣を握る手が震えている。

「黒田くん、下がって!」

碧は監査ランタンを最大照度に上げた。

眩い光が資料庫を満たし、鎖の動きが一瞬止まる。

その隙に、碧は楔を握りしめて走った。

(今しかない……!)


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