妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛が出来ません! 第25話
第25話「中履き用シューズの紐が死んだ」
「ねぇ〜忍。次の日曜日に買い物付き合ってくれる?」
「おう。因みに、何処の店に行くんだ?」
今日も栞の後輩に羽球を教える為にT高校を訪れていた。栞は麻衣に勝ったので、先日の練習試合で「景品」となっていた俺がT高校に出入りしても誰も咎めない。
寧ろ、羽球顧問まで俺の臨時コーチを歓迎してくれていた。この光景はもはや俺のルーティンのようになっている。
しかも、栞はS女のエースを倒した事で次の試合に何とレギュラーに選ばれたのだ。こうやってコツコツ特訓を続けたことがしっかり実を結んだと思えば、俺も「なんちゃってコーチ」をやって良かった。
解けかけたシューズの紐を結び直していると、俺の顔を覗き込む栞の髪がぱさりと落ちてきて、一気に視界が暗くなる。
「うぉっ!? 何だよ……」
「忍~、生返事ばっか。何処の店って、昨日も言ったよ私?」
「え、え? そうだったか……そりゃすまん」
靴紐から視線を栞に向けると、彼女は両手を腰に当て仁王立ちしていた。しかも明らかに不満そうに唇をぷぅっと膨らませている。
「何でそんなに上の空なのかな~?」
「顔近いぞ、栞」
「へぇ~……嬉しくないの? この栞さまとイチャイチャできるってのに」
栞は俺の目の前から真横に移動して一緒に体育座りをした。同じくシューズの紐を結び直す栞をじっと見つめる。
「また麻衣ちゃんのこと考えてたの?」
「はぁ? 何でまた……」
俺が怪訝そうな顔をしたのが気に入らなかったのか、栞はぺろっと舌を出して茶目っ気たっぷりに「ごめんね」と笑う。
「だってぇ……麻衣ちゃんは忍のこと大好きでしょう? もう、あれは兄妹っていうより異常」
異常──。
何でだろう。その言葉がずしりと胸の奥に落ちた。
あれ? 何でこんなに胸が痛いんだ。俺と麻衣の関係って、側から見るとそんなに異常なのか?
そんなわけない。俺が異常なのは認めてもいいが、麻衣は普通の女の子だ。どっちも否定されるのは、兄としてちょっといただけない。
俺は苦笑しながら栞の言葉をやんわりと訂正した。
「おいおい、勝手に麻衣を異常扱いすんなよ。あいつは仕事で帰りの遅い母さんの代わりに俺の身の回りのこと色々やってくれてるだけなんだ」
「ふぅ~ん……そんなもん?」
「そうだよ。麻衣の口から俺の事好きだなんて一度も聞いた事無い。だから異常もヘチマもねえって」
「でも、散々デートの邪魔に来てたよね?」
うぐっ。鋭い栞……。そもそも、何であいつが俺達のデートの邪魔に来ていたのか、結局いまだに何も聞き出せてない。
「大丈夫だって、麻衣が俺の事どう思っていようが関係ない。俺は栞の事が大好きだよ」
「……それを聞いて安心した。私、麻衣ちゃんに勝ったんだから、次はちゃんと邪魔されないデートしようね?」
体育座りをしたままの栞に笑顔を向け、「勿論」と声をかけてから練習用のラケットを借りた。
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今日の練習で気づいた。室内用のスニーカーの紐が完全に死んでいる。
ターンをした時に何度も足に変な違和感を感じていたが、あれで捻挫をしなかったのは奇跡だ。
確か昨日も同じ事を気にしていて、ああ明日はT高に行く前に買わないとな、とかぼやいていた気がする。
まあ、明日の学校が終わったら買えばいいか。そう思い玄関のドアを開ける。
「ただいま〜」
いつも俺が靴を並べているところに小さな白い紙袋が入っていた。麻衣の靴も置いてあるので、あの綺麗好きの麻衣がゴミをこんなところに放置する訳がない。
ガサガサと袋を開けると、何と真新しいスニーカー紐が入っていた。俺が使ってる中履き用のスニーカーのメーカーもので、今使っているものと全く一緒だ。
母さんには紐が切れた事はまだ言ってないし、当たり前だが俺の部活や運動を快く思って居ないので基本買い物は嫌がる。
父さんは靴自体違うし、スニーカーなんて今は履かなくなったから違う。
これは、俺の──?
『あ〜、忘れてた! 中履きの紐が切れそうなんだよな、明日ってあの店やってたかな……』
『兄貴の靴、どこのメーカー?』
『ん? ええと、確か──』
昨日、テレビを見てて靴のCMを見た時にぼやいただけの俺の言葉を覚えていたのか。
麻衣の学校の方に靴屋は無い。わざわざ電車で都心まで出たのか、それとも歩いたのか。どちらにしてもさり気ない優しさに胸が熱くなった。
しかも、俺はその勢いのまま料理に取り掛かろうとして冷蔵庫と格闘している麻衣に背後から抱き着いた。
「麻衣っ! お前、マジゴッド!!」
「ぎゃああっ!!」
俺が帰ってきた事にも気づいていなかったのか、麻衣が珍しく素っ頓狂な声を上げた。包丁を持っていなかったのが、唯一の幸運と言える。
今冷蔵庫から取り出したばかりの大根が小さな手から滑り落ち、俺の足の上に落ちる。
「────!!!!」
もはや痛すぎて声にならない。多分、小指の上に落ちた。
衝撃と痛みにしゃがんだまま身悶える俺を無視した麻衣はびっくりしたのか少しだけ離れた。
「お、おかえり……兄貴」
「いや、その前に……この大根、めっちゃ痛いんですけど」
「だ、だって……兄貴がいきなり……!」
動揺していた麻衣は値札がついたままの靴紐に視線を落とし、あぁ、と目を細めた。
「ありがとな。でも何でわざわざ俺の靴紐買ってくれたんだ?」
「べ、別に……わ、私のスニーカーも丁度紐が痛んでたからついでだよ……あ、兄貴の為じゃないから!」
「そっか。偶然のついでに感謝、感謝」
へらへら笑う俺を、どこか腑に落ちない表情で見つめていた麻衣だったが、両手で今俺が抱きしめた部分をそっと触っている。
心なしかその頬は紅潮しているように見えた。
「おっ、麻衣、茹で蛸」
「う、うるさいっ! 邪魔だからあっちでテレビ観ててよ!」
指摘されるとさらに真っ赤になり、あっちへ行けと包丁を向けたのでそれ以上麻衣を揶揄う事は出来ず、流石にリビングの方へ移動した。
耳まで赤くなりながら大根を切る規則正しい音が聞こえてくる。
どうして麻衣は素直に『買ってきたから使ってね』と言えないのだろう。口を開くと別に、別に、とすぐ否定する。
ま、それも麻衣の性格だからしゃーないか。
俺は新しい靴紐の値段を切り、明日忘れずに持って行くようにカバンの中に入れた。
鼻歌を歌い俺が喜んでいる後ろ姿を、麻衣が穏やかで物凄く優しい目で見ている事に、俺は全く気づいていなかった。
