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〜三度目のガン宣告と、エステティシャンが見つけた究極の選択〜


窓の外では、今年も熊本の街に桜が咲き始めようとしています。
34年、この場所でお客様の肌に触れ、その方の人生の断片に寄り添い続けてきた私の手に、今、一通の診断が突きつけられました。

「皮膚がんの可能性があります。専門の皮膚科に行かれてください」

初めて訪れたクリニックで告げられたのは、つい一昨日のこと。

「また、ガンて……」

その言葉が胸に突き刺さり、視界がぐにゃりと歪む。心臓の鼓動が、自分の意思とは無関係に速くなっていくのが分かりました。
私の人生には、これまで三度、命と向き合う「宣告」がありました。

始まりは十年前の乳がん。
次は二年前、医師から静かに、けれど重く告げられた子宮ガンの疑い。「今はまだガンではないけれど、いずれなる可能性が高い。取ってしまった方が安心です」

六人兄姉のうち、三人がガンを経験している我が家系。逃れられない運命のような重さに怯えていた私は、四ヶ月の葛藤の末、自分の身体を守るために子宮を摘出する決断をしました。

そして、三度目となったのが、今。
手首にできた、小さな、まぁるい赤み。
ネットで検索して見つけた「ボーエン病」という文字。高齢者に多い初期の皮膚がんと書かれたその画面を、私はただ呆然と見つめていました。

エステティシャンとして美しさを伝えてきた私が直面している、三度目の現実。
一時は深く、深く沈み込みました。
けれど、何万回とお客様の肌に触れてきたこの「手」の記憶が、私にささやきます。

「鏡に映らない心の疲れが、身体に現れる」
のだと。

身体は、本当に正直です。
最初は数ミリの手首にできたシミ。それが年月を経て大きさを増し、赤みと膨らみまで出てきたのは、鏡には映らない『心の疲れ』が発していた、切実なサインでした。

今回の異変が現れた時、私は知らず知らずのうちに、大きなストレスを抱え込んでいたのかもしれません。この小さな赤みは、身体からの「これ以上は無理だよ」という、精一杯の警告だったのでしょう。

だからこそ、私は今、究極の選択をしようと思います。

「私の心が、一刻一刻を切に喜び、潤いを感じることだけを選び取る」

という覚悟です。
かつて言われた
「あなたは基本健康だけど、死ぬ時はストレスによるガンね」

という言葉。
これからは、もう自分を不毛なストレスで追い詰めない。
魂が震えるような心地よさ、掌(てのひら)から伝わる温もり、そんな「生の輝き」だけをこの身体に満たして生きていく。

三つの試練を乗り越えようとしている私が、この愛おしい生命を最後まで私らしく、そして一人のエステティシャンとして現役のまま全うするための、これが最も強く、確かな「生きる覚悟」です。

公園で手を合わせる日の出🌅


来週は生検の結果が出て、その後に手術が待っています。
それでも、私は前を向いています。

朝の二十分のウォーキングで触れる、咲き始めの桜の息吹。
孫が「ちゃーちゃん!」と駆け寄って、ぎゅっとハグしてくれる温もり。
そして一日の終わり、夜の二十分のストレッチで「今日も一日ありがとうございました」と自分を労わり、明日お迎えするお客様の笑顔に想いを馳せる静かな時間。

そんな日常の、小さくとも確かな「切なる喜び」を積み重ねていく。

それが、私の身体への何よりの特効薬であり、エステティシャンとしての私が、35年目へ向かうための最高の美の追求です。
もし、私と同じように自分の体質や運命に戸惑っている方がいたら。
どうか、自分を責めないでください。
私たちの身体は、今日まで懸命に人生を生き抜いてきた、何よりの証拠です。
身体は、私たちが思う以上に健気で、愛おしい存在。

そして
「切に生き、心満たされる方を選ぶ」
という選択は、決して自分勝手なことではなく、自分を救うための尊い権利なのだと。

一人ではありません。
熊本のこの場所で、私もこの身体と共に、一歩ずつ進んでいます。

来週の手術、その先にある明日を、私は「心躍る瞬間」を数えながら迎えようと思います。
あなたも、どうか今日。
何か一つだけ、心がふわりと軽くなる瞬間を見つけられますように。
一緒に、瑞々しく、私たちらしく生きていきましょう。

朝のウォーキングで見つけた🩷


あとがきにかえて

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
34年、肌を通じて心を見てきた私が、今、自分自身の心と向き合っています。
病気があっても、運命があっても、私たちは何度でも「瑞々しさ」を取り戻せると信じて。
明日も、小さな「楽しい」を見つけられますように。
艶姫(つやひめ)

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