終末夜話 35
最終話
終章 ~またはじまる。
「陸、もう綿毛には戻れぬぞ。」
あの方は言った。
戻れなくてもいい。ぼくの居場所はこの森だから、ぼくはぼくのままでいい。
あの方にぼくの気持ちを言ったあと、はっきり分かった。何年も何十年も、何百年もウラシマはきっと言いたかったはずだ。「このままでは嫌だ、もっと役に立ちたい」と。けれど言い出すことはできないまま、何度も朝のシーズンと夜のシーズンを繰り返しているうちに分からなくなってしまったんだ。
何故ここに来たのか。
何故ここから出ないのか。
あちらのセカイが嫌になって自分からやって来たのに。
自分で来たから、自分で探さなきゃならなかった。
ぼくも自分で選んで来た。
「連れ出して!」
と、自分で頼んだ。
そして自分で森に入った。
ウラシマが自分で海に入ったように。
綿毛たちと同じだ。
自分で生まれ変わりを望むか、ここに居ることを望むか。自由だから責任がある。ぼくはぼくみたいな子どもが他にも居るなら助けたい。必ず助けて連れて来たい。もう一度、なりたい自分になれるように。
だから、
生まれ変われなくてもかまわない。
綿毛に戻れなくてもかまわない。
それがぼくの願い。
「その、真実を見抜く緑の眼と
心を繋ぐ金色の眼。
おまえが、あちらで動き安いように
新しい姿を
与えてやろう。」
綿毛たちがざわざわと揺れた。
来る!
ええ来るわ!
ほら揺れる。
揺れてる。
森の木々も次から次へとゆらゆらと揺れて、口々になにかを話している。
揺れろ
助けてやれ
あのこたちを
助けてやれ
「陸。」
陸は空を見上げた。
「これからこちらは夜のシーズンになる。綿毛たちの旅立ちが始まる。
おまえにも、新しい姿を与える。」
来るわ!
始まる!
新たな旅立ちが!
さあ!
さあ!
さあ!
始まるの!
たくさんのたんぽぽたちが地面を割り綿毛を付けて生えてくる。
ぽこんっ
ぱかんっ
ぷつんっ
あちこちに生えて野原はたんぽぽだらけになった。
その時、
「往け!」
あの方が言い、楠の香りの風が巻き上がり一斉に綿毛たちが飛んで行った。青い空に白い綿毛がキラキラとひかり、風にのり舞い上がる。美しい時間。
どの綿毛も見えなくなった時、泉から月が生まれ高く高く上って行く。
陸の周りに薄い膜が張ったようにぼやけて来た。
「なに?」
あなたが新しいあなたに変わる。
「これから?」
そうよ。もちろん!
居残り組の綿毛たちが陸の周りを取り囲み、そっと見守った。
どこかで鳥が鳴いている。
ひょーりろー
りりりりりりりー
ひょーりろー
悲しげに。
悲しいの?あの鳥は。
いいえ。悲しくない
じゃあ、なんであんな悲しい鳴き方をするの。
あの鳥が
悲しい声に聞こえるのは
あなたが
悲しいから
え?
そう聞こえるの。
そうなの?
ええ。
陸の周りに張られた薄い膜はだんだんと小さくなり中に居た陸も小さくしゃがみこんだ。
こわい?
怖くないよ。なんか不思議な気持ち
変わるわ。
あなたの姿が変わってく
変わる?ぼくが?
膜の内側でずっと感じていたのはたくさんの小さな手だ。
たくさんの小さな手の平がぼくをするっと撫でて行く。その度ぼくが少しずつ変わっていくのを、なんとなく感じはじめていた。
最後の小さな手が陸の喉の辺りを下から上にするっと撫でた。
「ミギャア。」
え?ぼくの声?
ふふふ。
うふふ。
かわいいわ
か、かわいい?
クロくてふかふか。
さあ
歩いて。
歩く?
あるくって。
綿毛たちが歌いはじめた。
ワタシイツモリョウメニ
ハナヲカザッテアルク
ミギノメニハスミレヲ
ヒダリノメハサルビア
あなたの右目は真実を!
あなたの左目は関わりの橋を!
美しい緑の瞳と
金色の瞳!
綿毛の映るきれいなガラス!
綿毛たちが叫ぶと、周りの膜がどこかへ消えて陸は何もない野原の上にポツンと立った。
ほら、かわいい。
ね?
そうね。
かわいいわ
右目が緑、左目が金色の小さな黒い生き物が野原に居た。
歩いて。
さあ。
どの足を最初に出すの?
ふふふ。
野原の草たちが教えてくれた。
最初はこの足。
そしたらこっち。
次はこっち。
最後はこの足。
順番よ。泉までそのまま歩いて。
月は高く上り、陸はよちよち歩きで泉に近より恐る恐る中を覗いた。
「ミギャア。」
まあ、怖い声。
あはは。
そこには小さな黒ねこが居た。
「み。ミギャアあァぁ?」
そうよ。あなたよ。
ぱちんっ
どこかで誰かが指を鳴らした。
するとドスの効いた声で鳴いていた陸に、人間の言葉が戻ってきた。
「おまえが言うように、もしもおまえが悲しい子供たちを救いたいと言うのならあちらに戻りそれを実行すれば良い。」
え?戻るの?
「戻ると言ってもその姿、悲しい子供たちにしか見えぬ。おまえの右目で見れば悲しい子供かどうかすぐにわかる。」
右目で。
「こちらに戻る時は右目を瞑り子供の手を取り左目を三回瞑り空を仰げ。」
左目三回。
「必要な時はニンゲンの姿に戻ることが出来る。」
どうするの?
「森の中に入り両目を閉じて聞こえるか聞こえないかの小さな声でこう言うのだ。」
なんて?
「ささやかなるものの声を聞け。」
ささやかなるものの声を聞け。
「ねこの姿に戻りたいときは、
ささやかなるものの姿に戻れ。だ。」
ささやかなるものの姿に戻れ。
「我は幾度も幾度も試みた。けれど我には力はあるが姿がない。ウラシマやおまえのように、望んで来るものしか助けてはやれぬ。同じように綿毛として飛んで行ったのにも関わらず不幸な死に方しか出来ぬ子供等を助けたい。
陸、おまえを心から愛している。」
ねこの姿をした陸の目から涙がこぼれた。
綿毛たちが、
森の木々が、
サヤサヤと風に揺れている。
そうだ、ぼくには役割がある。
大事な役割。
美しい緑の眼と金の眼をもらって、ぼくはぼくの役割を果たす。
そう、決めたのだ。
終末夜話 35
おわり
おはなしは、この後
『Hameln』
というおはなしに繋がります。
作中、綿毛たちが歌う歌は
谷山浩子さんの「花を飾って」から引用いたしました。
ここにオリジナルでないことをお知らせ致します。
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