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終末夜話 7

陸の父、楠貴仁は日本人ならば誰でも知っている有名な企業、昔の言葉で言うならば財閥の取締役をしていた。
会社を興した人物の直系子孫にあたる。
仕事は出来る。
野心もある。 
先見の眼もある。
ゆくゆくは会社のトップに立ち企業全体を仕切っていける有能な男だ。
結婚したのは30歳を少し過ぎた頃。
新たに興す事業のために傘下に入った会社の社長令嬢と結婚するように父に言われた。
貴仁は従った。
その方が会社のためにいいということ。
結婚すれば自分の立場も去ることながら、目上の人間にも信用されるということ。
いろいろと便利なことが多かった。
何より相手の女性は美しく、子どもの頃から周りの大人に大事に育てられた品のようなものが漂っていた。
初めて会ったお見合いの席で二人きりになった時、このタイミングではないのかもしれないと思ったが料亭の白州の庭を眺めながら貴仁は沙織という美しい名前を呼んだ。

「沙織さん。」

沙織は貴仁のすぐ後ろを歩いていたが、その声に立ち止まり小首をかしげあとに続く言葉を待った。

「はい。」

貴仁は振り返り、腕を伸ばしても届かないところに立っている沙織に

「初めてお逢いしたのに、
 失礼かとも思いますが。」

丁寧に前置きして、

「これは、父に言われたからでも
 会社のための
 結婚だからと思った訳でも
 ありません。
 純粋に、貴女と言う人を思い、

 思うから言います。

 結婚しましょう。」

貴仁の一目惚れだった。
それは過言ではない。
結婚式は都内の美しい教会で、ごく親しい人達にだけ参加してもらい、後日有名なホテルの披露宴会場で取引先や部下達に沙織を披露した。
みな、沙織が望んだことだった。
結婚と同時に家の建築がはじまり、仮住まいのマンションで二人きりの生活が始まった。
料理も他の家事も非の打ち所がなく、またあったとしてもそれくらいは大目に見るのが妥当だと思っていた貴仁は毎日を快適に過ごすことが出来た。
そんな二人だったから、新築の家が出来上がる前に子どもが出来た。
十月十日、生まれた子どもは女子だった。
父の貴之は憤慨した。

「跡継ぎを生んでこその嫁だ。」

それを口にだしては言わなかったが、少しずつ態度に出ていたと今なら言える。

「わたくし、必ず、
 次は必ず
 男子を産みますわ。」

生まれた長女をお抱えの乳母に頼み、男の子を産むためにいいと言われていることを続け二人目を授かった。
努力はむなしく、生まれたのは女子だった。沙織は泣き、自分はダメな女だと貴之に謝りに行ったほどだった。
その誠心誠意の謝罪を受け貴之も「まあ仕方ない、次は頑張りなさい。」と沙織を受け入れたが、貴仁はそれに憤怒した。

「生まれた子どもは私の子どもです。
 お父さん、
 沙織がどちらの性別の
 子どもを産もうと
 沙織を責めるのは止めて頂きたい。」

きっぱりと言い切った。
沙織は男子が出来ないストレスを抱え、長女と次女をそれでも大事に育てた。
次女が3歳を過ぎた頃、また妊娠した。
婦人科で母子手帳をもらい、嬉しそうに貴仁と子ども達に報告すると翌日、貴仁の実家に単身赴き貴之にきちんと報告した。

「父上様、
 貴仁さんの子どもを授かりました。
 今度こそ、男子を生んでみせます。」

頭を下げた。

「それでこそ、楠の嫁だ。」

と貴之は喜び、「何かあったら、いつでも頼りなさい。沙織さんは大事なうちの家族なんだから。」と和解したのだ。
三人目の妊娠がわかったのは二ヶ月を少し過ぎた9月の終わり。翌年の5月には
元気な泣き声をあげ男であれ、女であれ、生まれてくるはずだった。
まだ建って5年ほどの我が家で5人で暮らすことをどれだけ楽しみにしていたか。
今思うとせつない気持ちになる。


その日は雨が朝からシャンシャンと音を立て長女と次女を運転手が車に乗せ幼稚園に送って行くと、沙織とふたり貴仁はコーヒー、沙織は白湯を飲みながら朝食後今日の予定などを話していた。
11月の頭。
お腹の子どもは15週ぐらいだった。
子ども達を送り届けた運転手が戻ってきて、そろそろ貴仁も会社に出掛けようと立ち上がりそれにあわせ沙織も立ち上がった。

「いいよ。外は雨で寒いし、
 危ないから。」

貴仁は言って、沙織もそれ以上後を追わなかった。

「行ってくる。」

「ええ。いってらっしゃい。」

そうやって止めたのは、実際に雨で寒かったからもあった。けれど何となくではあったが、沙織の顔色が悪かったことに気がついたからだった。
つわりもまだある様子だったし、少し食事の量が減っているし、ここは少しの無理もさせないほうがいい。
そう思ったのだ。
無理などをしなくても、我々は暮らして行けるのだから。

ならば、何故あの時「顔色が悪いから横になりなさい」と伝えなかったのだろう。「大丈夫だ。ここで」と言うのに留まったのだろう。


             終末夜話 7
               つづく

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