誘惑に負けない自分になる~創作編~
例えばコピー本を作るとなれば、コピーしてきた紙を2つ折りする、ページ順に揃えてホチキス留めする、表紙を貼って化粧断ちする、といった工程があるわけです。
30部なら30回、50部なら50回。
そうなると途中で飽きてきて、工程を飛び回った挙句――最終的には勿論全部製本されるんですが――、教科書でよく見かける「進化の過程」みたいに、いろんなパターンの「途中までできているパーツ」を量産してしまう。いつの間にやら床一面がいろんな進み具合の半完成品に占拠されているわけです。
それこそ「まだ折ってない紙の束」「折っただけの山」「ホチキス留めした束」「表紙のボンドの乾燥待ちがズラリ」みたいな感じで。
これが原稿を書く段階だと、書き上げる前にレイアウトに凝りたくなるとか、総ページ数が決まる前に挿絵の位置を気にし始めるとか。
本来なら書き上げてからやるような工程にまで手を伸ばしてしまうせいで、肝心の本文が最後まで書き上がらず、いつまでも作品のページ数も総ページ数も決まらないわけです。目次も作れませんし、雑誌形式なら掲載順も決められません。相棒の血圧は上がり放題です。
ただ、今回書籍化予定の「花散里を求めて―花散里から源氏物語を読み直す」(仮題)に関してはどうしても、前倒しで【月曜日の主人公は花散里】第一部の全記事(残り11本を予定)を書きあげてから、書籍化の工程に移りたいんですよね。同時進行で書籍化の作業を入れようとしてしまうと、締め切りとの兼ね合いで、てんやわんやになると思うんです。
でも、合宿(物理)の最中に、
「加筆修正に必要な参考文献と、本文引用に必要な新全集を借りなきゃ」
と思っている自分がいるわけです。
「いやいやいや、今じゃない今じゃない」
慌てて否定するんですが、仕事中にまた、
「中川(※1)について掘り下げるなら、空蝉関係の巻も確認しておいた方が良いかもな」
とか、
「引歌にも触れて、内容を濃くしたいかも」
とか考え始めている自分がいるわけです。
「いやいやいや、記事が先、記事が先」
【※1】花散里関連で唯一出てくる具体的な地名
別連載の本文引用のための新全集を借りに図書館に行っても、気づいたら「花散里を求めて」(仮題)の本文引用のための新全集を借りようとしている自分がいるわけです。
「いやいやいや、今じゃない今じゃない」
それでも『源氏物語』を手に取るところまでは我慢できませんでしたし、引歌の本の所在を確認せずにはいられなかったんですけどね。――読了済の本ですが、どこで借りたんだったかが思い出せなかったので。
とにかく今の目標は、
8月の公的夏休みを活用し、第一部の記事を書きあげる
記事を全部WordかInDesignに流し込んだものをレターパックに詰めて、8月の疑似合宿合わせで相棒に送り付ける
8月の疑似合宿のトークのメインを「花散里を求めて」(仮題)にする
9月の合宿(物理)でレイアウトを仕上げ、1月17日の文学フリマ京都11合わせで超早期入稿する
そのためにはやっぱり、記事の書き上げが必須なんですよね。
レイアウトはある程度固まっていたとしても、結局、記事が出揃っていないことにはお話にもならないので。
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ただ御心のままに。御心ざしを賜はらば、心の糧とこそ思ひはべれ。