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掌編|螺髪にねがひて|シロクマ文芸部

シャボン玉の行く末を案じて涙にくれる老婆がいる。いや、あれは。五歳になったばかりの我が娘だ。

この日、お遊戯会で貧しい老婆役を仰せつかった娘は、ボロを身にまとったまま、頑張ったご褒美にえりな先生からもらったシャボン玉を飛ばしては泣き、飛ばしては泣いていた。

「泣くくらいならやめたら?」と私は言った。
「まだやる」
「なんで?」
「……ママにはわからないでしょう」

うん、わからないと思うよ。ここにいないもんね。
私、パパだからね。

「ママのことは外では言わない約束だよ」
「約束を完璧にまもれる子どもなんていないよ」
「そうだね……」

私は、滑り台の減速部に座り込み、数組の親子を困惑させている娘を抱き上げ、肩に乗せた。
家を目指し歩きながら、私の頭の上で娘が放ち、そして落ちてくるシャボン玉を眺めた。その多くは私の胸のあたりで割れる。パチッと弾けたシャボン玉の液が顎下を濡らすたび、私は顔をしかめた。

「液が多い。もう少し、すっすってやってからフーしなさい」
「なに言ってるかわかんない」

わかんないよな。
あのときも、娘は何一つわかってなかったもんな。

物騒な見た目の男がやってきて「嫁はん、飛んだで」と唐突に言ったときも娘はシャボン玉をしていた。

飛んだというのは、いなくなったという意味か、それとも。
声を潜めて男に訊ねると、男はヘラヘラ笑うだけで、なにも答えずに去っていった。その後ろ姿に向けて、娘は何度も何度もシャボン玉を吹いた。
勢いよく吹くとシャボン玉は玉にならない。それでも、あのときの娘は何度も全力で吹いていた。

パチンと頬を叩かれた。いや違う。シャボン玉が弾けたんだ。

「しっかりせえよ」娘が言った。
「それ、誰の真似」
「どっかのおじさん、みたいなおばさん」
「まったく、余計なお世話だよな」
「パパ。そんなふうに言うもんじゃないよ」
「……はい」

あの日以来、娘はシャボン玉を嫌がるようになった。だけど今日は。自分へのご褒美なのか、えりな先生への気遣いなのかわからないがシャボン玉を吹いている。

「もう、シャボン玉こわくない?」
「こわくない。かなしいだけ」
「なんでかなしいんだっけ」
「消えちゃうから。消えたらしあわせになれないから」

消えた方がしあわせってことは、ないだろうか。

「パパ、道ちがうよ」
「あってるよ。ほら、もう見えてきてる」
「ちがう。今日ガスト行くんでしょ。お遊戯会上手にできたらガスト行くって言ったじゃん」
「そうだった。でもそのお婆さんの服、一回着替えようか」
「やだ。このままがいい」

本当はシャボン玉液が垂れて泡立っていそうな自分の頭のほうが気になる。
だけど、と少し考えて、今日はこのまま娘の希望を叶えようと思った。

「パパのあたま、泡泡」
娘がぐしゃぐしゃと髪を回す。

「やめてよ。変な頭になっちゃったじゃん。パパ恥ずかしいよ。でもね、今日は特別大サービス、このままガスト行くよ」
「やった。変な頭の写真撮ろうね」
「いいよ。その代わり、この頭のパパとガスト行ったこと、忘れないでね」

どうか、娘の記憶から消えませんように。
私は娘の手を取ると、思い切り自分の頭をしごいた。



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