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掌編|イマココに砂嵐|シロクマ文芸部

風が吹くよ、と秋田さんが言うと必ず二秒後に本当に吹くのだ。それを予知能力と呼ぶかわからないけれど、そのおかげで私の弁当はいつも砂だらけになるのを免れている。

グラウンドの隅で秋田さんとする何気ない会話は本当に他愛もないことだから家に帰るとすっかり忘れている。それでも翌日、昼休みが近づくと彼女に会いたくて、私は秋田さんを誘ってグラウンドの隅で弁当を広げる。

秋田さんの弁当は、毎朝三時に起床するという彼女のおばあちゃんが作る。とても健康に良さそうな彩りのおかずが弁当箱の端に追いやられ、日の丸が大部分を占めている。
私の弁当はというと、ふりかけをかけた米と、あとは自然解凍推奨の冷凍食品で埋まっている。

大して変わり映えのない弁当だから、近頃では互いに覗き合うことも少なくなったけれど、話しながら秋田さんが一生懸命口に運んでいるそのほとんどが白いものだということを、その日の夜、風呂の中でぼんやり思うことがあって、密かに笑いがこみ上げたりする。

秋田さんの名前は舞という。
私の名前もまた、舞なのだ。

出会った時、秋田さんが私を舞と呼んだのが、私が秋田さんを舞と呼ぼうとしていたよりも二秒くらい早かった。
だから、私は秋田さんを秋田さんと呼ぶしかなくて、秋田さんは私を舞と呼ぶようになった。

秋田さんは何に関しても私の二秒先を行く。

風が吹くことを二秒先に知ることが出来る秋田さんだから、一緒に乗った電車の中で、私に痴漢行為をしようとした男を二秒前にぶん殴ってしまった。
駅に着いた瞬間、「逃げよう!」と秋田さんは言ったけれど、いきなり人をぶん殴って逃げるなんておかしい。

結局私たちは駅員さんにつかまり、こっぴどく叱られた。

秋田さんはそのことを全然気にしていないみたいだった。世界の二秒先を見ている秋田さんは、今この瞬間のことをどう思っているんだろう。

ときどき、秋田さんが今ここにいない気がしてさみしくなる。そんなとき、私は秋田さんに目を閉じさせて、無理やり耳を塞ぐ。もう、何も感じさせたくない。ここにいてよ、と心の中で叫びながら彼女が嫌がってぎゃあぎゃあ言うのをついには組み敷いて封じる。

秋田さんが、「くるよ!くるよ!」と喚いた。
くればいいよ、と私は思っている。
「ごはんがやばいことになるよ!」と私に羽交い締めされながら秋田さんが弁当を守ろうと手を伸ばした。

「どうだっていいよ!」

そう叫んだ瞬間、砂嵐が私たちを襲った。
砂に巻き上げられて、スカートも髪も全部もっていかれて、砂まみれになった弁当を蹴散らして、私たちは二秒前の出来事を呪った。

その日のことを何年経っても私たちは酒の肴に笑い合っている。

「あ、そろそろヒレ酒くるよ」と真っ赤な顔をした秋田さんが言う。
ヒレ酒をのせたトレーを持った店員が、隣の席の客に「お待たせしました」と言った。
私たちは顔を見合せた。その二秒後、私たちのテーブルにもヒレ酒は運ばれてきた。



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