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掌編|Yummy鍋|シロクマ文芸部

 鍋の具は盛られ続けている。
 六人から八人用だという、見たこともないくらい大きな土鍋に、キャサリンはざく切りにした白菜を鷲掴みにして次々と盛り付ける。
「俺が買ってきたどんこ・・・は?」と訊くと、水で戻していると言い、キッチンへ視線を投げた。キャサリンの頭が動くと、キツめにパーマがかかった短い髪が揺れる。小麦色と呼びたくなる色のせいもあって、それは本物のフジッリパスタみたいだ。

 俺はふかしていた煙草を灰皿に押し付けながら、「その髪も鍋で煮てみたら」と茶化した。すると、
「え、これぇ?」
 キャサリンが半笑いで髪の一束をつまんでひっぱった。それは、びよーんと効果音がつきそうなくらい、きれいに伸び縮みする。

「その髪型を毎回オーダーされる美容師も大変だよな」
「ばか。あたしのほうが大変だよ、何時間も座りっぱなしなんだから。カットとスパイラルパーマとカラーで六時間。一対一のプライベートサロンだから、半日拘束しちゃうの」

 お互いをね、と言ってキャサリンは思い出し笑いに口元を緩ませた。

「六時間か。アシスタントの一人でも雇えばいいのに。それにしてもさ、そんなに長い時間一緒にいてなに話すの」
「ばか。六時間なんてあっという間だよ。まあ、アシスタントを雇う案はなくはないみたいだけど。だけどあたしたち二人だけの六時間は特別だもん。いろんなこと、なんでも話すよ。あたしからタクヤさんに。もちろん、タクヤさんからもあたしに」

 タクヤという美容師のことを考え始めたからか、キャサリンは白菜を鍋に盛る手を休め、幸せそうにため息を吐いた。

「タクヤさんね、あたしが入店すると、必ず『おかえり』って言ってくれんの。いらっしゃい、じゃないのよ。あたしがどれだけタクヤさんに会いたい気持ちを抑えて会えない三ヶ月を過ごしてるかわかってるからこその、『おかえり』。ね、やばくない?」

 やばいね、と抑揚なく言って、俺は冷蔵庫から肉が盛られた皿を取り出した。

「ああそれ、鶏ももと豚バラ。切ってあるから入れるだけだよ」

 キャサリンは派手なピンク色のポーチから電子タバコを取り出すと吸い始めた。いつも通りだ。自然と役割が入れ替わった。

「美容院てさ、最初にカウンセリングの席に通されるじゃん。もうね、ぶっちゃけあの時間いらないのよ。『どうしますか』って聞かれても『いつも通りで。おまかせで』って、鏡越しにニコってするだけなんだから。だからさ、荷物預けたらシャンプー台に直行でも全然いいの、あたしとしてはね。だけどタクヤさんはそうしないの。なんでだと思う?」
「なに、焦らし?」

 キャサリンが笑った。鼻から口から耳からも煙を出して、まるで壊れたトースターみたいに。

「ばか。プロだからに決まってんでしょ」

 なんのひねりもないオチに俺は苦笑いした。

「で、カウンセリングの次は?」
「こちらへどうぞって、シャンプー台に案内されんの。その時にタクヤさんが先に歩き出すでしょ。そのうしろ姿を目に焼き付けたくて、あたしはさあ、わざとゆっくり歩くんだよ。美容師さんのうしろ姿見る機会って、このときくらいしかないからね」
「シャンプー台に移動する度に見れんじゃないの?」
「ばか。施術始まってからのシャンプーはさ、頭に色々乗ってて前見えなかったり、全顔出されてタオル巻かれて恥ずかしくて、こう、さささささって感じだからさ」

 そう言いながら、キャサリンはさささささっと小走りにシャンプー台からカット椅子に移動する様子を再現しながら、キッチンへ入っていった。そして下処理の済んだ人参や豆腐を手に戻ってきた。

「今日ってピェンロー鍋じゃないの」
「ベースはね。だけど何でもいれんの。いろんな具材があったほうがいいのよ。小さいこと気にしなさんな」

 キャサリンにぽん、と肩を叩かれた。キャサリンの呼気は甘い、バニラの香りだ。

「パーマで頭がでかくなると言うことも作る鍋もでかくなるんだな」
「そうよ。あんたも紹介しようか? タクヤさんにかけてもらったらいいよ、スペシャル・スパイラルパーマ。あ、だけど半年くらい伸ばしたほうがいいね。あんたは巻く髪がない」

 バニラの香りを振りまくパスタ・アフロ女がピェンロー鍋越しに俺を嘲笑う。

「で、その次はなに。シャンプー台に寝かされてキスでもされんのか」
「あんたって本当にばか。あたしはね、どんなにタクヤさんが好きでも、この三年間指一本触れたことないの。もちろん、タクヤさんからはしっかり触れられてるけど」

 ただし、首から上だけだけどね、とキャサリンは力の抜けた声で言った。

「大体の男って、首から下ばかりに興味持つじゃない。だけど、タクヤさんはその逆。あたしの首から上にしか興味がない。それでいいの。そういう特別な関係も悪くないでしょ」

 さすがプロだな、と言ってやろうかと思ったけれど、ここで揉めるのも面倒だと思った。

「じゃあ、この三年間、そういう関係になったことはなし?」
「……ないよ」
「これからも、ずっと?」
「ないよ。あたりまえじゃない。タクヤさんからしたらあたしは喋るウィッグみたいなもん。お金を落としていく、三ヶ月に一度現れるパスタお化け」
「キャサ……」

 笑いが込み上げるのを必死でこらえていると手の上の豆腐がふるふると揺れた。

「あら、地震かしら」
 キャサリンは真顔でテレビをつけた。


 速報です。本日未明、東京都〇〇市において、凄惨な殺人事件が発生しました。〇〇市内の公園の池から、首のないバラバラの状態の遺体が発見され、警察が捜査を開始しました。現在、犯人の特定には至っておらず、遺体の首も見つかっていません。警察は、殺人・死体遺棄事件として、行方不明となっている遺体の頭部とともに、容疑者の行方を追っています。


「うわあ、なに。この近くじゃん」
 そう言って俺がテレビに近づこうとした瞬間、キャサリンはテレビを消した。

「食欲なくなるわ」
「まあ……そっか」

 俺は大人しく具材を並べる。それにしてもでかい鍋だ。まだまだなにか入れないととても鍋らしく見えない。

「その白菜は? 入れないの?」
 ザルに残っている白菜を指差すとキャサリンは、
「うん、後で。最後にこれで覆うから」と独り言のように呟くと壁の時計を見た。
 そのとき、インターホンが鳴った。
 俺はキャサリンの顔を見たけど、キャサリンは俺と目を合わせなかった。
 キャサリンは静かに立ち上がり、インターホンの画面を覗き込んだ。

「誰か誘ってたの?」

 キャサリンを押しのけ、俺は目を凝らして画面を見つめた。
 黒いジャンパーにフードを被った男が立っている。顔はよく見えない。男はボストンバッグのようなものを胸に抱えているようだ。走ってきたのか、呼吸が荒い。

「え、だれ……」
 俺が呟くとキャサリンが「しっ」と唇に指をあて、目を細くした。

「タクヤさん?」

 キャサリンが男に声をかけた。俺は驚いてキャサリンを見た。俺からの視線は気にもとめず、能面みたいな顔をしてキャサリンは男の言葉を待った。男の荒い息がスピーカーを通してガサガサと鳴って不気味だ。待てども何も語らない男に、
「……上がって。なにも言わないで」
 キャサリンはそう言うと、男がマンション内に入れるよう、ロックを解除した。
「なに、どういうこと。なんでタクヤさん?」
 キャサリンはもう一度「Shit」と言った。

「大丈夫。なんでもないよ。タクヤさんはね、鍋の具材を持ってきてくれただけなんだ。そうでしょう?」

 


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