連載恋愛小説-「秘密」③
(2770文字)
あれから僕の友達、タツヒコ、ヒロシ、トモキは何度も僕の家に遊びに来た。タツヒコが「いっちゃん。」っと呼び、いっちゃんに隣りに来てもらって宿題の分からない所を教えてもらっている。タツヒコのノートを覗き込んで、優しそうな笑顔を浮かべているいっちゃんを見て僕の心はほんの少しザワザワする。
ある時は遊んでいてひっくり返ったトモキを「トモキ君、大丈夫?」っと、手を引っ張っているいっちゃんを見て何となく嫌な気持ちになる。僕は友達に誇らしい気持ちと、僕だけのいっちゃんなんだからという気持ちの狭間でいつも揺れていた。
いっちゃんがトモキの手を引っ張ったその夜、僕はいっちゃんのお布団の中でいっちゃんをくすぐり、ふざけながらほんのりピンク色の唇に、僕の唇を押し付けた。
「こらぁ〜、和くん。口は将来の大事な人においときなさい。ほらほら、もう寝るよ。おふざけはここまでね。」っと、笑いながら僕を諭し背中を撫でてくれた。
冬休みに入り、ある穏やかなよく晴れた日、僕はいっちゃんと近くの八百屋さんまで歩いて行った。八百屋のおじさんは、僕のお父さんの友達でトキオおじさんと呼んでいた。
「和、今日もお父さんは仕事か?しっかり勉強するんだよ。」っと、トキオおじさんは僕に声をかけた後、いっちゃんに「奥さんも大変だね。」っと笑いながら話しかけ、「今日はみかん、サービスしておくよ。」「えーっ。いいんですか。いつもありがとうございます。」っと、いっちゃんも嬉しそうにそれに応え、他のお客さんもいないこともあって二人で雑談をする。
僕は少し面白くなくて不貞腐れたような顔をして前をさっさと歩いて行く。
「和くん。どうしたの?足が速い。ちょっと待っ、あっ。」
ガッ。
えっ?
後ろを振り向くといっちゃんが八百屋の袋を持ったまま転んでいた。
「あいたたたたっ......」
「いっちゃん!大丈夫?」
僕は慌てて駆け寄った。
「やだぁ〜。石に躓いちゃった。恥ずかしいわ。」
「いっちゃん、血が......」
「大丈夫。大丈夫。」
っといって、膝に付いた砂利を払い落とし、ハンカチで血を抑え立ち上がった。
「ごめん......」
「何で和くんが謝るの?」
「......だって......」
「......和くん、回り道して帰ろうか。」
「うん。僕、袋持つよ。」
「ありがとう。」
そう言って、たまに手を繋いだり離したり、歌を歌ったりしながらお寺の下の公園に着いた。
僕は一人で滑り台やブランコを一通り周り、息を切らしながらいっちゃんの座るベンチに駆け寄る。
「みかんでも食べようか。」
いっちゃんが肩をすくめて渡してくれる。
お寺の鐘がなる。
「いっちゃんは僕が守るよ。」
「......和くん......ありがと......」
誰も居ない公園で、澄んだ空気に包まれて、茜色の空を見上げながら僕はこの光景をずっと覚えている気がしていた。
遠くでカラスが鳴いている。
僕は中学生になったある日、二階からリビングに降りようとして、足が止まった。
お父さんがいっちゃんを叱っていた。
「逸子、和樹は君に随分と懐いているみたいだが、君が和樹を甘やかすから成績、上がらないんじゃないのか?僕が仕事を頑張っている時に君は和樹と何をしているんだい?まさか、一緒になって遊んでいるんじゃないだろうね?僕の留守の間、しっかり母親やってくれよ。」
僕はあまりのことに怒りが湧いて握った拳がワナワナと震えてきた。何も知らないくせに。お父さんが留守でいない間、どれだけいっちゃんが僕の為にご飯を作ってくたり世話をしてくれて、寂しさを紛らわせてくれたのか。
今にも階下に行って怒鳴り散らしてしまいそうな僕に気がついて、いっちゃんがとっさに階段の上に上がって僕の手を引いて廊下の奥に押しやった。
「ごめんね。お父さんを怒らせちゃったみたい。」っと、ぺろっと舌を出し、すぐにお父さんのところに戻って行った。
いっちゃんのぺろっと舌を出した表情に僕は感情が静まっていくのを感じ自分の部屋に戻った。もう二度といっちゃんを悲しませないと心に誓い、僕は勉学に励み、お父さんが希望していた高校にも入学出来、ひとまず、いっちゃんに顔が立った気がした。
僕が高校生になった頃から、お父さんは海外出張も減り家に居る時間も増えていった。
ある日の夕方、部活の練習が無くなり僕は早めに帰宅した。
「ただいま。」
父といっちゃんは家に居るはずなのに返事がない。二階に上がると父といっちゃんの部屋の扉が少し空いている。中から息づかいを感じそっと覗いて見る。カーテンがしてある薄暗い部屋の中にいっちゃんの白い肩甲骨が浮かび上がっている。真下にいるのは父だ。僕はショックを受けながら、静かに自分の部屋に戻って行った。音楽をかけ忘れようとするが、いっちゃんの白い肩甲骨が上下している様が脳裏から離れない。喉が渇いたので水を飲もうと部屋から出て行った所でいっちゃんに出くわした。
「きゃっ、びっくりした。帰って来てたのね。おかえり、和くん。」
っと言いながら、少し上気した顔のいっちゃんがブラウスの胸元をキュッと合わせたのを僕は見逃さない。
又別の日には学校帰り、どうしても僕の家に行きたいと言うクラスメートのみどりちゃんを連れて帰宅した時、休暇をとっていた父と重なった。
「こんにちは。初めまして。荒井みどりです。」
みどりちゃんは優等生ぽくって、そつがない。
父はみどりちゃんを見るなり相好を崩し、
「いやぁ〜、みどりちゃん。初めまして。こんにちは。和樹が彼女を連れて来たって聞いた事がなかったんで心配していたんですよ。こんなに綺麗なお嬢さんがいるなら、早く言ってくれれば良いのにね。」
「お父さん、失礼だよ。みどりちゃんはクラスメートだよ。」
いっちゃんがお菓子とジュースを用意してくれて、
「正人さん、ここは若い人にお任せして、私達は夕食のお買い物にでも行きましょ。」
っと言って、父を誘い出してくれた。
みどりちゃんは
「和樹君のお母さんって、すっごく顔が小ちゃくて可愛い人ね。びっくりしちゃった。」っと言った。
僕は今まで何度も聞かされきたその言葉を、改めて外から見てみた。
そう、いっちゃんは本当に可愛くて、優しくて............僕の初恋の人。
「ねぇ、私、和樹君の彼女になってあげてもいいわよ。」
みどりちゃんが前のめりになって顔を近づけてくる。みどりちゃんはいい子だと思う。けれど、何の感情も湧かない。
「よせよ。みどりちゃんはモテるんだから僕なんかやめときな。」
「つまんない。」
みどりちゃんはプイッと横を向いてしまった。
僕は自分の心の奥底に流れる感情にはっきりと気付いてしまった。僕が好きな人はずっといっちゃんだ。いっちゃん以外は考えられない。
高校を卒業したら家を出よう。
続く
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