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連載恋愛小説-「秘密」⑥


続きです

                (2503文字)

受験も無事終わり春になると僕は県外に行く。
三人揃ったお休みの今日は、僕の門出を祝っていつも以上にゆっくりと食事をとる。

お父さんはお酒を飲むとすぐに顔が赤らんでくる。
ほろ酔い気分になると普段から饒舌の父の口がより滑らかになる。そのほとんどは仕事の話しだ。父の話しに笑顔で応えるいっちゃんを横目に、僕は目の前のお寿司やオードブルに箸を進める。いっちゃんの作った茶碗蒸しの蓋を開ける。もう湯気は収まり縁がピンクの花麩がいっちゃんのように可憐だ。僕の好きな甘めの味はお袋の味になるのかな。お袋なんて言葉は似合わない。僕にとってはいっちゃんの味だ。お父さんの声が僕の頭上を通り越し僕はゆっくりいっちゃんを味わっていた。もうしばらくは食べれないかも知れないと思うと妙に心に染み込んできた。仄かな甘みは僕の心の疼きを落ち着かせてくれる。


食事が落ち着くといっちゃんが片付けに入り、父が目配せをする。


今日のお昼間の事だった。
「たまにはお父さんに付き合え。」と何処に行くのかもわからないまま車の助手席に座る。
僕はいつだってお父さんと二人っきりになると妙に居心地が悪くなり少し気まずい気分に陥る。
「うぅううん。」
僕は咳払いしながら窓の外を眺めていた。


「和樹、受験、良く頑張ったな。合格おめでとう。」

「えっ?あぁ......うん。ありがとう。」

「父さんは仕事で家を空けっぱなしだったから和樹には随分寂しい思いをさせたと思うよ。放ったらかしだったのに和樹は本当に良くやってくれた。ありがとう。」

「......お父さん......お母さんがいてくれたから寂しくはなかったよ。」

「そぉか。そうだよな。和樹はお母さんと随分ウマが合っていたし仲良くやってくれて本当に助かったよ。お陰で仕事に集中出来た。やっぱり男は仕事が出来ないとだめなんだ。和樹も大人になって家庭を持つとわかるさ。大学では経済学ぶんだろ?将来見据えてしっかり頑張るんだよ。」


「.........お父さんはさぁ、何でお母さんと結婚したの?」

「何だよ。そんな事聞くのか。そうだなぁ......お前の死んだ母さんにちょっと似てたからかなぁ。お父さん自身も寂しかったしなぁ。あっ、これはお母さんには内緒な。放っておけなかったんだよ。一人で人生背負い込んで必死な顔してたから。
和樹、想像してごらん。和樹も春から一人暮らしでアルバイトもするだろうが生活費はお父さん達も負担する。大学の費用もお父さん達が出す。何かあったらいつだって相談に乗れる。でもお母さんは施設を出たら誰にも頼らず生きていかなきゃならない。それがどれだけ大変な事か......そう思うとお父さんや和樹は恵まれている。当たり前じゃ無い。有難いことなんだ。わかるだろ?」


「......うん。わかるよ。」

僕はいっちゃんが家でテーブルに座って何か一生懸命勉強したり本を読んだりしている姿を思い出した。勉強したくても出来ない環境で、あの細い体で必死に働いて生きてきたのかと思うと胸が痛くなる。今の生温い生活をしている僕には到底想像が及ばない。


「お母さん......お父さんに出会えて良かったね......僕、叔母さん達が当時結婚に反対していた事、覚えているんだ。」


「あぁ、そうだったな。田舎だからな。血筋を気にするのは仕方がない。その気持ちはお父さんにもわかる。でも結婚するのはお父さんだ。正直に言うと和樹とも上手くやっていけるんじゃないかとも思ったな。お母さんは本当に根の優しい良い人なんだ。」


「うん。お父さん、かっこいいや。すごいな......
お母さんのこと、好きなんだね。」

「当たり前じゃないか。」

「良かった......」


お父さんとお母さんは多分、今、幸せだ。良かった。お父さんは少し強引な所があるけれど明るくてエネルギッシュだ。人間的にも良い人だ。そんなお父さんに付いていればいっちゃんのことは心配ない。

僕はお父さんには敵わない。尊敬しているがいつだって堂々としていて大らかなお父さんに僕は少し気後れする。僕はきっと亡くなったお母さんに似ているんだろう。そんな気がする。


無言になった父は車のスピードを落とし、着いた所は古びた煉瓦作りの小さな喫茶店だった。

「今日はここでランチしょう。」

「えっ?男同士?お母さんも連れて来れば良かったのに。」

「何だい、男同士だってたまにはいいじゃないか。今日は和樹と二人っきりで食べてみたかったんだ。」

「こんな感じの喫茶店、お母さんも連れてきたらきっと喜ぶよ。」

「和樹は本当にお母さんっ子だな。ハハっ。
まっ、そう言わず、入れ。ここは若い頃お母さんとよく来たお店なんだ。ここのスパゲッティは美味しくてね、鉄板の上に乗ってくるんだよ。夜はお母さんがご馳走を用意してくれるらしいから軽く食べよう。」


テーブルについてからも、父の話しは続く。
「和樹はとうとうお母さんのこと、いっちゃんで通してしまったな。お父さんの前では遠慮してお母さんって言ってるけど。」
父のフォークに巻き付いているスパゲッティを見ながら僕は咽せそうになった。

「ごっ、ごほっ。 ごめんなさい。本当は嫌だったのかな。僕、お父さんとお母さんのこと、傷つけていた?」

「いや、仲が良すぎて結構な事だ。遊び過ぎじゃないかと心配したこともあるけどな。ハハッ。留守の間の事はお母さんから逐一教えてもらっていたから安心していたよ。」

「そうなんだ......お母さん、いっちゃんのことは僕の友達もみんな好きだったよ。」

「そうだよな〜。お母さんには好かれる要素が備わっているからな。」

うんうん。っと相好を崩しお父さんは嬉しそうだった。僕はお父さんの子であることを誇らしく思った。

「これまで和樹や家のことをずっと面倒見てきてくれたお母さんにプレゼントをしたいと思ってね、今日は和樹とそれを一緒に選びたかったんだ。サプライズだよ。和樹もお母さんの喜ぶ顔が見たいだろう。」


「うん。いいね。」



これは好きになっても仕方ない。
お父さんはいい奴だ。


僕の心はほんの少し温かな敗北感を味わっていた......



続く

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