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連載恋愛小説-「秘密」⑮


続きです
                (1951文字)

僕らはそれから毎日ふわふわと、雲の上にいるような気持ちで過ごし、夜になると地上に降りてきて、また、密な時間を貪り食う。まるで今までの空洞を埋めるかのように、でも、その空洞は果てしなく続き、飽くことのない夜を延々に繰り返す。

僕といっちゃんが溶けあった夜から一週間程経った頃の日曜日、秋の柔らかな木漏れ日の差し込む部屋で、僕といっちゃんは正座をして見つめ合っていた。

いっちゃんが口を開く。

「人は有頂天になっていると、足を掬われる。」
「うん。」
「幸せな時ほど、謙虚でいること。そうでないとすぐに幸せは逃げていくわ。」
「うん。」


「........ただ、和さんが本当にこれで良かったのかと迷いが生じるの。他に好きな人が出来たらいつでも言って。覚悟は出来ている。結婚したらいい。このままだと、和さんをお父さんにしてあげられない......代々引き継がれてきた藤城家が途絶えてしまう......」
「うん。」

いっちゃんがカーテン越しに差し込む柔らかな日差しを受け光をまとい、凛として、でも穏やかな表情で僕を見続ける。

「いっちゃん、僕が望んでいることはただ一つ。いっちゃんとずっといることだけなんだ。他には何もいらない。今、本当に怖いぐらい幸せなんだよ。いっちゃんも言ってくれたよね。素直になろうかなって。だからいっちゃんも、そのままぶつかってきて欲しい。その後のことは何も考えないで......僕が守るから。」


「うん.........怖い。幸せすぎて怖い......」


いっちゃんの涙が頬を伝い、あまりの愛おしさに僕はいっちゃんを抱き寄せ包み込む。


「......私、地獄に行くのかな......」
「...僕も一緒だよ。」


僕たちは手を繋いで父と母の仏壇の前に座る。
一度も途切れることなく写真を見て、お位牌を見つめ、きちんと手を合わせてきたのに、この一週間はどうしても、写真を見ることが出来なかった。一番の恐れは世間じゃない。父と母に顔向け出来ない事だった。  

二人で静かにそれぞれ仏壇を拭きあげたり、お供えを変えたりした。

父と母の写真の前に二人で座る。
父は、母といっちゃんの間で揺れ動き、僕を見据えて何を言うだろう。顔を真っ赤にして拳がわなわなと震えているに違いない。母はどうだろう。父と息子を一人の女性にとられ、嘆き悲しみのたうち回るのだろうか。親子を狂わしたいっちゃんを罵倒し僕を憐れむだろうか。僕がいくらこれが僕の幸せだと言っても、決して許されることはないだろう。
二人で頭を垂れるが、けっして許して下さいとも言えず、ただ手を合わせだけだった。


僕たちは誰にも許されず、認められず、話すことなく、祝福されない道を歩きかけた。
それでもそれは何も悲しいことでなく、僕は誰よりも幸せで、それは壊れることのない確かなものとして、僕といっちゃんを繋げる秘密が、二人っきりの世界を作る、より強力的なものとしていつまでも甘美なままでいさせてくれる。
僕たちは脆くて不安定な海の上、絶対に手を離すことのない道を選んだのだ。


でも......
人は幸せすぎると怖くなる。
いつか壊れるんじゃないかと怖れるのだ。


ある日、「ちょっと出かけてくるね。」っと、外出したいっちゃんと、仕事の合間に出かけた僕は、ばったり市の図書館で鉢合わせをした。


「あっ、和さん。」
「いっちゃん、どうして......」


僕らは図書館の外の公園に向かって歩いていた。
落ち葉が僕らの前にパラパラと落ちてきて、
手に持っている書物が入った袋の中にも入ってきた。落ち葉は地獄の文字を半分隠して揺れている。その中には数冊に挟まれ地獄について書かれている一冊が入っている。

お互い気を遣って、一人でこそっと読むつもりだったのだ。

「ぷっ。」
「ふっふふふ。」
「あはは。」 僕らは顔を見合わせ苦笑した。

僕らは怖かったんだ。死んでからどこに行くのか。罪を犯したものは、何かに縋り付きたくなる。ひたすら赦しはないものかと、あちらこちらの本を手にとり、優しい言葉はないかと探すのだ。
僕らは弱い。弱いから寄り添って今夜も眠る。
明日も明後日も、同じように幸せと胸の痛みを同時に抱え、寄り添って眠る。

そうやって、何年もそっと静かに寄り添って生きてきた僕らは、ご近所で、仲良しなこと。と、噂になっていたのかいなかったのか。噂は噂でしかなく、僕らにとってそれは重要なことでもなくいつも通り過ごすだけで、僕らの耳にたまに届いても、耳は全く受け取らず、その内、言う人もいなくなったようだ。皆、年を重ねていく。誰もが自分の人生に必死だから、他人のことまで気にしてはいられない。

僕らは家族としてずるい人の道を選び、世間で仲の良い親子が当たり前の風景になっていた。


続く

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