「拾った小石」⑥(#創作大賞2025#恋愛小説部門)
続きです
(1058文字)
それからの毎日、知性を忘れた生き物だった。
ぬくぬくとした沼を出ようとしてもがくけれど、自ら沼に飛び込んでいく。
海面に顔を出そうと思うが自ら沈んで溺れていく。
「ただいま〜。」
「おかえりー。麻美ちゃん。お疲れ〜。」
私より背の高い彼は、ふわっと優しく抱きしめてくれる。
私は仕事の帰り、毎日寄っていた小料理屋に寄らなくなった。マンションに帰ると、彼が夕食を作って待っていてくれる。
「わぁ〜。美味しそうな匂い。今日のおかずは何?」
「今日は麻美ちゃんの好きな麻婆豆腐と餃子だよ。」
「えーっ。嬉しい。テンション上がるわ。」
「麻美ちゃん、早く手を洗って。食べよ、食べよ。」
彼は料理がとても上手い。
ただ、最近は少し料理に凝ってきて、調味料や具材が増えてきている。私に色んな料理を食べさせたい一心で、彼が夢中になっていることはわかっている。私は食にはそんなに拘らない。今まで何も無かったキッチンに、少しずつ色んな物が増えている。白黒写真からカラー写真になったようなキッチンを目にすると、幸せというよりも、何とも言えない気持ちになってきて心がざわざわする。お金を出している私は、複雑な気持ちになってくる。
でもそんな気持ちもその時だけで、シャワーを浴びた頃には忘れている。
毎日のルーティンになっている。
「麻美ちゃん、早く寝ころんで。」
彼はその日の疲れを、アロマオイルを使って丹念にマッサージをして取ってくれる。今夜はイランイランだろうか。一日、人の手を手入れしている私の背中はガチガチだ。首筋。背中。肩甲骨から肩にかけて。腰。おしり。足。上を向いて腕や手。また足。最後に丁寧に首筋、頭。彼の白くて優しい手は、程よい圧をかけ、私の手の指の一本にまで神経を注いでくれる。
「麻美ちゃんのお肌は真っ白で、とてもすべすべしているね。」
甘やかな言葉も忘れない。
(彼は一体どこでこれを覚えたんだろう。今までも誰かにしてあげていたんだろうか。)
等と、頭の隅っこで思ったりもするが、あまりの気持ち良さに、こちらの世界と彼方の世界の狭間で行ったり来たりうとうとしてしまう。気がつくと、首筋に彼の優しい唇や舌がはっている。こうして二人は又、暗い海の底に落ちていく。
こんなにも生温く心地のいい暗い海の底を簡単には手放せない。何も要らない。自堕落な夜。
心地良ければ良い程、一抹の不安が心をよぎる。
手放したくないと思えば思う程、ぶち壊したくなる。
ある日、私はとうとう爆発してしまった。
続く
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