連載恋愛小説-「秘密」⑦
続きです
(2379文字)
僕の鼻先を桜の花びらが掠めていった。
僕は顔を上げ、少し冷んやりとした夕焼け前の空と桜の木に向かって携帯を向けた。
「和樹〜。今日、バイト?」
大学に入って出来た友達のユウヤとミツグが僕を見つけて追いかけてきた。ユウヤが僕の携帯をひょいと覗き込む。
「何?いっちゃんって彼女?」
「ううん。母親だよ。桜が舞うのも綺麗だなぁっと思ってさ、ちょっと写真でも送ってみようかと思って。」
「おっ!いい息子だねぇ〜。確かに綺麗だ。じゃ、俺もえつこに送ろうかな。俺んちはえつこだ。」
「おかんはおかんだ。」っと言ったのはミツグだ。
住所録の名前だ。
「うちのオカンは口うるさいんだよ。すぐ電話してきて朝ごはんは食べたかとか、勉強してるかとか。まっ、この間は食材送ってくれて助かったけどね。」っとミツグが続ける。
「俺んちのえつこは俺が実家に帰るの待ってて飲みに行こって言うんだぜ。じゃ、俺、この後彼女とデートの約束してるんだ。またな。」
ユウヤは風のように去って行った。
「いいなぁ〜、ユウヤ、彼女とデートかぁ〜。俺もあやかりたい〜。しかしまっ、結局男ってみんなマザコンなんだよ。じゃ、俺も行くわ。和樹、又明日。」
僕は小さく笑いミツグに手を振った。
僕はホッと一息をついて側のベンチに座って桜吹雪を眺めていた。ハラハラと散る様は少し物憂げで僕の周りは音が止まる。大学に入って三度目の春だった。
いっちゃん......
僕の大学生活は今までそこそこ順調だ。
いっちゃんに話せないことは少しずつ増えている。
二度、女の子とも付き合ったみた。僕もいい加減いっちゃんを卒業しなければいけないと思ったし、変われる気がしたけれど......
最初の彼女はたまたま食堂で隣に座った女の子だった。何回か偶然一緒になることがあり仲良く話すようになった。気軽に話しかけてくる彼女は軽々と僕の壁を超えてきた。誘われるままに一緒にご飯を食べに行ったり、遊びに行ったり、友達と遊ぶように僕は楽しかったけれど、彼女の思う彼氏にはなれなかった。僕は彼女に求めたいものが何一つ無かった。
「和樹から誘ってくれること、ないよね。いつも私からばっかり。何だか私のこと、見てないし......もう疲れたよ......」彼女はため息をついて去っていった。彼女を傷つけたのかなとほんの少し思っただけで僕にとってはどうでも良かった。僕はただそれを受け止めただけで生活は何も変わらない。その後彼女が新しい彼氏と歩いているところを見かけたがそうかと思っただけだった。
二人目の彼女は友達の紹介だった。友達が彼女を作るように僕も作ってみたけれど、一人目の時と同じで感情が昂ることもなく僕がまめに連絡等しないので自然消滅したようだ。
僕はどうやら恋が出来ないらしい。
ただ一人だけ、僕の視界に入る人がいる。同じ経済学研究会のサークルに入っている一学年上の先輩の美佳子さんだ。美佳子さんはほぼ素顔に近く、集中するとロングヘアーを腕につけている黒いゴムでキュッと一つに束ね、切れ長の目がより鋭く感じる。食事会と称した飲み会の日までほとんど話すことは無い人だった。飲み会の後、目の縁を赤くして口を半開きにし、両手をだらりと落とし道端の電柱に体を預け夜空を見上げている美佳子さんを見かけ、僕は何故か吸い込まれるように美佳子さんの前に立っていた。だらりと落とした右手の指の隙間からタバコの煙が漂っていた。
「ねぇ。たまに消えたくなるのよ。あなたはない?」
空を見上げたまま僕の顔を見ずに話しを続ける。
「ねぇ。一緒に寝ようか。」
僕は頷き、黙って彼女の後を着いていった。
彼女のアパートに着くとドアを閉めるなり暗がりの中、僕らはお互いを貪り、互いの寂しさを慰めるようにただ獣になって一つになった。それだけのこと。ことが終わると「帰って。」っと言われ僕は黙ってアパートを後にしようとした。メルアドの交換をしたことだけが、唯一、僕と彼女に流れる温かな交流かも知れない。
サークルで出会っても美佳子さんは今まで通りで僕のことを気にかける素振りもない。僕は美佳子さんのことをそれ以上知ろうとも思わなかったし、そしてそれは美佳子さんも同じだった。ただたまに美佳子さんから連絡が入り僕はそれに応じる。虚しさを虚しで覆い尽くすように、僕は自分の中のいつ噴き出すかわからないマグマの様な感情をぶつけ、美佳子さんも自分の抱える問題を吐き出すかのようだった。女性の部屋におよそ似つかわしくないタバコとアルコールの入り混じった匂いのする部屋は、僕に不安と同時に安心感をもたらし、罪悪感を持たなくて済んだ。
何故こんな風なんだろ......
そんな事を思いながら、いっちゃんに送った今までの写真を見返していた。
桜、青空、入道雲、夕焼け、葉っぱ、食べ物、建物......
ふっ
僕は小さく笑ってミツグの言葉を思い出していた。
「......男ってみんなマザコンなんだよ......」
僕はマザコンなのかな......
人は離れていると疎遠になって心も離れていくという......
母親とは縁が切れることがない。だから僕は離れていくことはない.....
でもいっちゃんとは血が繋がっていない......
なのに心が離れていかない......
いっちゃんを想うように他の人を想えない。
僕は自分の不器用で屈折した思いが相変わらず消えずにいた。
いっちゃんは僕と同じ年の頃、何を考えていたんだろう。
父と結婚する前は誰かと付き合ったりしていたのかな。
ブルブル バイブが鳴る。
メールを開ける。
「今夜、来て」
「わかった」
僕は今日も自分の荒ぶれる感情を慰めに、美佳子さんの部屋に向かう.........
続く
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