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連載恋愛小説-「秘密」⑱

続きです 
               (2074文字)

今年も冬生まれのいっちゃんの誕生日を迎える。
毎年のように僕はいそいそとその日の為に準備する。いつか出来なくなるその日に怯えながら、その日が来ると、今年も無事お祝いができることにじわじわと喜びが増し年々想いが深さを増していく。


花瓶には黄色やオレンジのバラを挿し、
取り寄せた京料理、デザートにプリン、ほんの少しの赤ワイン。あまり食べれなくても、僕はいそいそとテーブルセッティングをしていっちゃんを連れてくる。

「いっちゃん、お誕生日おめでとう。」

「ありがとう、和さん。」

「いっちゃん、今年も左手出して。」

「はい。」

いっちゃんが痩せた白い左手をおずおずと僕の前に差し出す。

左手の薬指に毎年するように今年も赤いリボンを巻いてあげた。細くて白い指にはよく映える。

いっちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「いっちゃん、これからも心配しないで。いつだって僕はいっちゃんを守るからね。」

「それからこれ。」

僕はそういって引っ込めようとしたいっちゃんの左手の薬指に深い赤のルビーの指輪をそっと嵌めた。

「えっ!?」

いっちゃんの目は驚きと戸惑いと喜びがないまぜになりいつまでも見つめている。

「......今になってしまってごめんね。いっちゃん、愛しているよ。病める時も健やかなる時も......これって誓いの言葉だったかな......」

いっちゃんの目からはハラハラと涙が溢れ「ありがと......」っと言ったまま、声を詰まらせる。

今まで左手に指輪を送ることは出来なかった。何となく父の為の左手の薬指のようで今の今まで遠慮していた。

「いっちゃん、いつだって一緒だよ。」

いっちゃんは嗚咽していた。

「......和さん、本当にありがとう。今までも本当にありがとう......愛してる。」

「いっちゃん、僕もだよ。愛してる。」

僕はいっちゃんの座っている方にゆき、背後からそっと優しく抱きしめて、涙で濡れた頬に口づけをした。

お料理はほとんど余ってしまったけれど、僕の心は満たされていた。


雪の季節も通り過ぎ、蕗のとうが顔を出す。
冬の間、冷たく凍えていた土も暖かな湿り気を帯び、どこからか沈丁花の甘い匂いが桜よりもほんの少し先に、春の訪れを教えてくれる。
時代は進み、町並みも変わってきてはいるけれど変わらないものもある。

僕は今年も、あぁ、春が訪れたと、温かな気持ちに包まれほっとする。

桜の満開を待っていっちゃんを外に連れ出すことにする。


「いっちゃん、今日は桜日和だよ。」


窓際に部屋用の車椅子を置き、頼りなさげないっちゃんをベッドから抱き抱える。
いっちゃんがうっすら笑みを浮かべる。
僕はいっちゃんが壊れないように、そっと頭を抱きしめる。

遠い昔、僕を愛おしそうに抱きしめてくれたように、僕もいっちゃんを僕の胸の中に閉じ込める。
小さく頭をヨシヨシしてあげる。他人から見たら可笑しいだろうな。でも僕は、いっちゃんが可愛くて仕方がない。僕も心の中でそんな自分を苦笑する。慈しむって、こんなにも幸せな気持ちになるのだろうか。いっちゃんはどれだけの幸福を僕に与えてくれたのだろうか。



「いっちゃん、準備してくるから、少し待っててね。」

「うん。」

そう言って、いっちゃんは窓から見えるユキヤナギを微笑むような表情で眺め見て、まるでそれは風景に溶け込んでいるようで清楚な香りが漂っていた。僕は一瞬、いっちゃんがユキヤナギにさらわれてしまうんじゃないかと、ドキッとする。
「いっちゃん!」

「何?」

ゆっくりと僕の方を向いて微笑んでいる。

「ううん。何でもない。」



「いっちゃん、お待たせ。」

「いっちゃん。.........いっちゃん、眠ってしまったの?」

いっちゃんの右手は愛おしそうに指輪を愛でているように手を添えている。

「いっちゃ......いっちゃん、いっちゃん、いっちゃん起きなよ......ねぇ、起きて、起きてよ。......僕を置いていかないで。ねぇ、いっちゃん!」

僕は全身総毛立ちいっちゃんを揺り動かし何とか目を開けさそうとする。
僕の目からはもう既に涙が流れ落ち、いやだいやだと心が叫ぶ。


窓から入る穏やかな日差しの中、車椅子に座っているいっちゃんは、夢を見ているような柔らかな表情で眠るように僕を置いて逝ってしまった。

享年八十二歳。

僕の一番大切な、愛した人。



僕は夢の終わりのような桜吹雪の中、いっちゃんの遺骨を大切に胸の中で抱いている。青い空を埋め尽くすように光と共に降り注ぐ小さなピンク色を仰ぎ見て、いっちゃんに染まる自分を感じていた。
「やめるときもすこやかなるときも......」

僕は小さく呟いてみる。

もう少しだけ待っていてね。いっちゃんを一人にはさせないよ。僕がいっちゃんを守るから。
......僕もすぐいくからね。

僕たちの家へ帰ろう。

もう少しだけ僕にはやらなければならないことがある。



僕の手元にある一冊のノート。

「和さんへ」


続く

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