「拾った小石」⑤(#創作大賞2025#恋愛小説部門)
続きです
(1237文字)
ただの親切をしただけ、親切のお返しをしようとしただけの人と朝を迎えてしまった。
誰かも判らず得体の知れない不安な気持ちは、あまりの心地良さにどうでもよくなり、ずるずると眠りに入ってしまった。
後悔、罪悪感、後ろめたさ、等、隣で寝ている綺麗な顔の彼が、それを和らいでくれる。どこの誰かも判らないが、悪い人ではなさそうだ。という自分の感覚を私は信じる。
彼に強烈に惹かれて吸い寄せられたのだ。
彼はとても寂しそうで、困ったような顔が庇護欲をくすぐられ、面倒なことになりそうだと思いながら......
自然に私の心を射抜き、ただただ優しげで、無邪気にこちらの心を溶かしてくれる。
隣で寝ている彼の柔らかな茶色のくせ毛に、たんぽぽの綿毛を触るように、ふわっと手を添えてみる。
(やっぱり可愛い......)
くしゃっと握ってみる。
クルクルと指に絡めて遊んでみる。
彼が目を開けにっこり微笑んだ。
どちらからともなく、小鳥のように唇を合わせる。
足を絡め、又、暗い海の底に嵌りそうになり、なんとか、海面に留まる。
「お姉さん、名前聞いていい?」
「あさみ。布地の絹とか麻のあさに、美しいよ。あなたは?」
「僕はえいと。ひらがなかな?」
「何それ。ひらがなかな?って。ふふっ。歳は?」
「二十歳かな?」
「それも、かな?ふふっ。私は......二十七歳。かな?ふふっ。」
彼に色々聞いてみたくなるけれど、何から聞いていいのか判らず面倒くさくなり諦める。彼が隣に居るだけで、どうでもよくなってくる。身体は気怠く、暗い海の底から、はたまた岩の隙間から抜け出てこれない。むしろ出て行きたくない。
ずっと、この仄暗い部屋に居たい。
夜が明けようと、ここは暗くて深い海の底。
きっと毎日、沼に棲む山椒魚は居心地がいいはずだ。岩棚に棲むウツボもきっとそう。
私はぬくぬくまったりと、一緒に棲む住人を見つけてしまったのかもしれない。
体を起こし、会社に欠勤の電話を入れれた自分はまだ、自制心が残っているようだ。
コーヒーを飲みながら判ったことは、彼には家族がいないこと。住み込みで働いていたお店が無くなったこと。帰れる場所が無いこと。等だった。
詳細は判らないが、苦労してきたようだ。
「仕事が見つかるか住む所が見つかるまで、ここに居ていいよ。」
「麻美ちゃん、いいの?......僕嬉しい。ありがとう。」
「僕、母親と暮らしている時、いつも食事の用意、僕がしてたんだ。父親は居なくて、母親が夜遅くまで働いていたから......だから、僕、ご飯作るよ。結構、うまいんだよ。」
「ありがとう。じゃあ、お願いするわ。携帯は......持っていないようね......仕事探したりするのに、パソコンを使っていいわよ。」
自分を証明するものは何も持っていないようだ。一抹の不安を抱えながら、又、目を瞑ってしまった。
「後で一緒にお買い物行こ。」
私はわざと明るく声をかけて、出掛ける用意をした。
続く
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