「拾った小石」⑯(#創作大賞2025#恋愛小説部門)
続きです
(1512文字)
元、兄の部屋は、今は母の部屋。
白い壁に焦茶の床はそのままだったけれど、正面の窓際には横長の机があり、机の上には作業途中のようなスケッチブックや色鉛筆、消しゴム等が置いてある。ドアから左側の壁際にも又、机や本棚が並び、ノートパソコンや兄の子供の写真に混ざって、幼かった頃の兄や私の写真も数枚飾られている。反対側の壁には、母が描いたのだろうか。小さな額に入った絵。
母は話しを続ける。
「お母さんもね、お兄ちゃんや麻美が家を出て数年経って色々考えたのよ。二人共、ちゃんと自分の人生歩んでいるんだから、私も子供に依存しないで、自分の人生生きなきゃなぁ〜って。お母さん仕事しないでここまで来ちゃったでしょ。何だか世間に取り残されたような気分になっちゃって。今はパソコン教室に行ったり、色鉛筆画をやったり、お陰様で忙しくてね、楽しくやっているわ。」
「そうなんだ。お母さん、すごいよ。うん。とってもいい。でも、何で内緒にしていたの?」
「別に内緒になんてしていないよ。帰ってきた時にね、びっくりさせようと思って。」
その夜は母が出前でお寿司をとってくれて、父も交えてビールを飲んだ。三人で和気あいあいと談笑しながらご飯を食べるのはいつぶりだろう。父や母の出会った頃の話しや、今の生活の話しを聞き、心の底から湧き上がる愉快さで心地良く、とても楽しい夜だった。
私は二階の自分の部屋で母の事を想った。今までは父は父でしかなく、母は母でしかなかったが、父には父の人生があり、母には母の人生があることに思い巡らした。母が私を産んだのは、今の私の年齢ぐらいの時だ。母は何を思い父と結婚をし、何を感じながら子育てをしていたんだろう。結婚をしてずっと家の中で何を思い生きてきたんだろう。私が私のことだけで頭が一杯になるように、母もきっとそんな時期だってあったに違いない。お母さんって、凄いな。心配しながらも私を自由にさせてくれたのは、自分がそう出来なかったからかもしれない。結婚についてもある時期から何も言わなくなった。お母さんなりに色々考え、歳を重ねて尚、成長しているのかもしれない。
朝起きて、リビングに下りるとお味噌汁の匂いがした。
「うわぁ〜懐かしいお味噌汁の匂い。」
「麻美、お味噌汁、作っていないでしょ?朝はしっかり食べた方がいいわよ。」
「うん。ありがとう、お母さん。」
湯気の出ているお椀を持つと、母の温かさが心に沁みる。
「麻美、いつまでこっちに居るの?」
「............ごめん。お母さん。お母さん、私、こっちに帰ってきていい?」
「......勿論よ。ここは麻美の家よ。」
「我儘言っていいんだったら、下の部屋、一つ借りれないかしら?こっちに帰ってきてネイルサロン開いてみたいの。儲けにはならないかもだけれど、そうなったらバイトも探すわ。お願いします。お母さん。」
私は思わず頭を下げた。頭を下げながら自分の言葉にびっくりしていた。実家に帰ってくるまでは、思いもしない事だった。
「麻美......かしこまっちゃって。大歓迎よ。お父さんだってきっと喜ぶわ。もうここは二人だけの終の住処になるのかなって思っていたから、リフォームするのも諦めていたの。でも、しましょ。新しい住宅も増えているし、お母さんもお友達に声かけたりするわ。」
「ありがとう。お母さん。」
「ただし、お母さんの絵も一枚ぐらい飾ってよね。」
「部屋の雰囲気に合う絵を描いてくれればね。」
二人して笑った。
母の目に光るものを見てしまった私は、その場を誤魔化すように、慌てて、冷めたお味噌汁を口にした。
続く
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