「拾った小石」⑲終(#創作大賞2025#恋愛小説部門)
続きです
(2769文字)
柔らかな風が頬を撫ぜる。
えいとは何も言わず前を向いたまま私の手を一瞬強く握り返した。
「僕はまだ自分の事をきちんと名乗るにはもう少し時間がかかりそうで......本当はちゃんとしてから麻美ちゃんの前に来るべきだと思っていたんだけどもう待てなくて......これを渡したくて......」
えいとはそう言って、持っていた小さな紙袋から白い封筒を私の前に差し出した。
「麻美ちゃんに受け取ってもらえないかもしれなと思ったけど僕なりに一緒懸命働いたんだ。唯一の僕の生き甲斐にもなっていた。あの頃の生活費や洋服代等、本当に助けてもらって、全然足りないと思うけど......これは僕のケジメです。」
そう言ってえいとは頭を下げた。えいとを放り出したあの夜と同じ位かそれ以上の厚みのある袋だった。私はしばらく白い封筒を眺めていたが、彼の気持ちが痛い程わかり胸にツーンと来るものがあった。
「ありがとう、えいと......えいとの気持ちだから、ちゃんと受け取るね。本当にありがとう。」
私は白い封筒を受け取ると、そっと撫でてみた。えいとの思いがこの封筒に入っているのかと思うと涙が滲んだ。
「良かった......それとこれ。」
「?......何?」
「開けて見て。」
細長い白い箱から出てきたのは、小さなダイヤの一粒が付いたネックレスだった。
(石......)
小さな一粒に吸い寄せられた。
「......綺麗......とっても......ありがとう。」
「うん。僕、人にプレゼントするの生まれて初めてなんだ。麻美ちゃんの事を想ったらダイヤモンドしか思い浮かばなくて......こんなに小ちゃい物しか買えなかったけれど、選んでいる間とても楽しかった。」
えいとはそう言って目尻を下げた。少し涙が浮かんでいるように見えたのは気のせいだろうか。
えいとはなんてピュアで愛らしい人なのだろう。
柔らかな日差しの中、小さなダイヤが光っている。私はしばらく眺めていたが、そっと、箱の蓋をした。えいとがすっと紙袋を渡してくれたので、大切に二つのそれを中に入れた。
「ここ、遠かったでしょう?」
「麻美ちゃんの住んでいる場所って思ったら、何もかも目に焼き付けておきたくなってそんなに遠さも感じなかった......麻美ちゃん、結婚は?」
「してない。元々、結婚する気は無いの......でも、正直に言うと、実家に帰ってから結婚も悪くないかもって思ってる。」
「そっか......僕は......もう......」
「えっ?」
えいとが何か言った気がしたが私の耳には届かなかった。
「えいとには、これからのえいとに相応しい彼女がきっと出来る。えいとの幸せを願っているわ。」
そう言って私はベンチから立ち上がった。自然にえいとも立ち上がり私を背後から抱きしめた。
「あっ。」
一瞬驚いて小さな声が出たが、私は目を瞑り懐かしいえいとの匂いの中に身を任せ今を浸ることにした。離してほしくない。私はこの日をずっと待っていた。えいとの白いシャツの腕を抱え込んだ。
「僕は......僕は、麻美ちゃんと出会って今の僕があるだけ。これからはないよ......」
もう私は、何も言えない。
辺りはまだ明るいが公園には二人だけ。
えいとはもう、海の底でもなく沼でもない心地良い薫風の下でそっと優しく、私の左の頬に口づけをした。
「もう十分......」
えいとはそう言ってそっと私の手を取りバス停に向かう道路に向かって歩きかけた。私はじわっと広がる甘い気持ちを味わっていた。
通りに出るとえいとははらりと手を離し、私の顔を見てふっと口元で笑い
「............」
「えっ?今なんて言っ......」
私が聞くか聞くまいかで、すっと消えるように道に飛び出していった。
ブォーーーン
えっ!?
もうすぐそこにバイクが来ている。私の目にはスローモーションのようにその光景が切り取られた。
「えいと、危なっ!!」
全ては一瞬だった。
ドォンッ!!
ガサーーーー。ガッ、カッシャーーーン。
キュルキュルキュルキュルーーー
キャーーー。
辺りは騒然とした。
バイクの熱が伝わってくる。バイクの運転手もバイクと共に前に滑って倒れている。
えいとも当たると同時に飛んでいった。
私は無我夢中でえいとに駆けよる。
えいとは左後頭部を下に倒れ込んでいる。えいとの頭から流れ出た赤い血が真っ白なシャツまで染めていく。じわじわと血の海が広がっていく。
「あぁ、あぁ、」
声にならない声でえいとの側にしゃがみ込んで
「えいと、えいと、えいと、目を開けて。だ、誰か、救急車、救急車を呼んでーー!!」
わなわなと震える私の手は気がつけば持っていた紙袋を落としていた。中から白い封筒もネックレスの箱も飛び出して、赤い血の海の中に浮いていた。ネックレスの入っていた箱が蓋を開けて、こちらを覗くダイヤだけが光っていた。
私の目の前は真っ暗だったのか、真っ白だったのか、真っ赤だったのか、わからない。
私はその後動揺しながらも誰かが呼んでくれた救急車の音も聞き、警察に説明をし、矢上様にも連絡を入れ必死だった。
矢上様からえいとの残したメモを見せられたのは、数人でえいとと最期のお別れをした時だ。
『 疲れました ごめんなさい 』
っと、筆圧の薄い乱れた字だった。
えいと......大粒の涙が溢れ落ち、筆圧の薄い字はいよいよ滲んで消えていく。矢上さまも
「もう少しだったのに......」
っと言ったっきり、疲れと悔しさを滲ませて座り込んでいた。
えいとは生きる目標を差し出され、それに応えようとして疲弊した。
えいとは自分で気が付いていないだけで、私と同じで怒りを抱えていたんだ。
社会や、母親や、私に対して.......
愛を求めるが故の怒りに何故、私は気が付かなかったのだろう。体を小さく丸めて震えているえいとは生きたいと思っていた。背筋を伸ばしたあの日のえいとに何故、未来を感じてしまったのだろう。何故、全ては上手くいっていると思いこんでいたんだろう。
何故、何故、何故......
私は又、間違えてしまった......
発狂し、泣き叫ぶことも、のたうち回ることも、私には出来なかった。激しい後悔が血の海のように私の心に浸潤し蝕んだいった。いっそ気が狂ってしまったらどんなに楽だろうとくうを見つめいつしか空洞になっていった。いよいよ何の感情も湧き上がらなくなった。
えいとと同じ海の底に眠りたいと思うが起き上がることすらままならず、ベットの上の薄汚れた天井を見ているだけ。そうしてまた、私の周りの世界は無音になり色が無くなる。
許されない私はただの冷たい石ころ。
私の首でダイヤだけが微笑んでいる。
終わり
ここまで読んで下さった皆さま、感謝申し上げます。ありがとうございました。
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