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連載恋愛小説-「秘密」⑧


続きです

                (2349文字)

大学三年生の冬を迎えた。

僕が住んでいるアパートを出たところの外の色彩は落ち着いて空気も澄んでいるが、街中に入ると急に赤、緑、白、金色のクリスマスカラーが店先を彩りクリスマスソングと共に甘い匂いが漂ってくる。夜にはイルミネーションで煌びやかになるだろう電飾の配線が樹木に巻きつけてあり、暗くなるのを少し滑稽に待っている。


僕は時間に余裕を持って駅に向かう。
いっちゃんが今日はこっちに出て来てくれる。いっちゃんが僕の住んでいる所に来るのは年に二回程のことだ。今日は僕に会いに来がてらクリスマス前の街を一緒に楽しむことを約束している。僕はこの日が近づくにつれて口元が緩み、友達と話していても、音楽を聴いていても、歩いていても心が弾んだ。


「かずくーん。元気にしてたー?」
「うん。いっちゃん、お疲れ。」
「迎えに来てくれてありがとうね。」
「荷物、一度アパートに置きに行く?」
「そうね。そうする。いつものようにごろ寝させてね。明日の朝には帰るわ。」
「お父さんは今夜どうするの?」

僕たちは荷物を置いた後も、空白の時間を埋めるかのようにあれもこれも話しながら街中を歩き回った。

「クリスマス前の街はウキウキするわ。とっても楽しい。お天気も良くってそんなに寒くないわね。」  
「そうだね。」  
いっちゃんの目はきらきらと輝き少女のようだ。

急にいっちゃんの足が止まる。
「ねぇ。見て。可愛いわ。」
いっちゃんが店内に吸い寄せられるように入り魅せられていたのが小さなガラス細工のクリスマスツリーだった。透明感のある白いツリーや白と青のツリー、赤い小さな飾りをつけた華やかなツリーなどが淡い光の中キラキラと輝き、隣のサンタクロースが愛らしい。

ロングの髪を掻き上げながら少し前のめりぎみに見つめているいっちゃんの横顔がガラス細工のようにたまらなく僕には眩しくて、
「いっちゃん、気に入ったの?僕、プレゼントするよ。」
「えっ?いいの?嬉しい。ありがとう。」
「バイト代も入ったしね。これじゃなくても身につけるものでもいいんだよ。」
「ううん。これがいい。とても綺麗。息子にプレゼントしてもらえるなんて私は本当に幸せね。」
そう言っていっちゃんは少しだけ目尻に皺を作って微笑み、もみの木っぽい緑色のツリーを選んだ。

僕は少しずつ、いっちゃんに贈り物をしている。
それはCD、ペン、手帳等、取るに足らないものばかりだけれどとても大切にしてくれているのが僕にはわかる。いっちゃんは多くを求めない人だ。家の何処にツリーを置くのかわからないけれど、目を細めてそれを見つめているいっちゃんの姿が目に浮かぶ。


いっちゃんの装いは、あまり派手なものを好まずいつもシンプルだ。今日も白いハイネックのセーターにタイトな黒のスカート、ブーツを合わせコートを羽織っている。いっちゃんの変わらないスタイルの良さと清らかな品の良さをコートは包みきれない。一人で歩いていると知らない男に声を掛けられるんじゃないかと僕は心配になる。


「彼女には何をあげるの?」
不意に悪戯っぽい目で僕の目を覗き込んだ。
僕は肩をすくめ
「......いないよ。」 
「そっかぁ〜。みんな見る目ないのかな〜。こんなにいい男なのにね。」
「だろ〜。」
ふふっ。
いっちゃんは小さく吹き出して僕の背中に手を置いた。

「今夜の夕食はどうする?何処かで美味しいものを食べる?それともアパートに帰って久しぶりに逸子の手作りご飯、食べる?」

そう言っていっちゃんは又、目を見開いて僕の目を覗き込んだ。



いっちゃんが家に帰って十日程経った頃、美佳子さんからメールが来た。
僕はいつものように上着のポケットに手を突っ込み背中を丸め美佳子さんのアパートに向かう。
月明かりに浮かぶそのアパートはそんなに築が古くはないのに、何故だか哀しみに沈み込んだように色が消えている。
鍵はかかっていないので僕はそのまま静かに扉を開け中に入る。小さな灯りの中、煙草とアルコールの入り混じった匂いが鼻につき、テーブルの上の灰皿にちらりと目がいく。灰皿の上で煙が細くくゆっていた。美佳子さんは既にベッドの中にいた。僕はいつものような激しい感情が湧かずゆっくりと洋服を脱ぐと隣に入っていった。いつもはしないロングの髪を優しく撫であげおでこに口をそっと近づけ目を瞑り、いつもより丁寧に優しくただ舌を這わした。ゆっくりと、ゆっくりと、白くて滑らかな肌を味わい尽くすように。目の前は美佳子さんだったかもしれない。けれど僕の頭の中はいっちゃんしか見ていなかった。


静かな溶け合いが終わり淡々と洋服を着ている僕の背中に美佳子さんが話しかける。

「今までありがと。今夜で終わりにしょ。」
「えっ?」

「......あなたの彼女、年上の人?この前、見かけたわ。」
「......あれ、母親だよ。」
「そぉ?そんな風に見えなかったな......あなた、随分いい顔してた。あんな顔するんだと思って。ふふっ」
「あっ、いやぁ。」
僕は心を隠すように慌ててセーターを被った。

「......美佳子さんは大丈夫なの?」
「今更何言ってんの。私達、そんなんじゃないでしょ。楽しかったわ。ありがとう。」

美佳子さんはそう言って珍しく笑顔で最後に僕を抱きしめてくれた。
抱きしめられると煙草と彼女の放つ素肌の匂いが一気に懐かしい想い出に変わりそうになり、何故だかツーンと胸に込み上げるものがきて僕は泣きそうになった。

「元気でね。訳あり人と上手くいくといいわね。バイバイ。」


僕はもう来ることが無いだろう美佳子さんのアパートを見上げ、ポツンと街の中に放り出された子どものように急に不安になり、独りぼっちなんだと認めた途端、彼女の柔肌を想い出し一筋の涙が頬を伝った。


続く

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