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「拾った小石」⑦(#創作大賞2025#恋愛小説部門)


続きです         
                (1763文字)

私は仕事が終わり、真っ直ぐ自分のマンションに帰ることを今日は止めた。彼が時計を気にしながら、夕食を作り終えている頃だろうか。
珍しく、勤務先から少し離れたカフェに入った。

私は今、携帯の画面を見入っている。ネット銀行の貯金の残高を見て、深い溜息を吐いている。

ホットコーヒーの中にはいつもは入れない砂糖をスプーン二杯は入れただろうか。

彼が私のマンションに住むようになってここ半年程のことを、ゆっくりと一人で考えたかった。仕事以外で一人になる事は久しぶりだった。

彼を見ていると、一向に住む所も仕事も探しているようには見えない。資金を持っていないので全て私が出している。食費、雑費、電気代、彼の洋服や靴等、まるで私が養育しているか、彼がヒモのようなものだ。最初は良かった。綺麗な彼と連れ立って歩くショッピングも楽しかった。彼に似合う服、靴。選んであげる度に、可愛い目を丸くして、それから細めてすごく嬉しいと言う。まるで懐いている子犬のようでとても愛らしく、私自身もとても幸せで浮つかずにはいられなかった。その後は何回か二人で外食もした。あまり外食をした事が無いと言う彼は、どこに行っても珍しそうに店内を眺め見ていいねって言う。とても素直な彼といると、知らず知らずのうちに自分が微笑んでいる事に気が付いて、とても驚く事がある。

私は何故彼といるんだろうか。
ただ、好きだから?
あの、美味しい料理を作ってくれるから?
私の全てを受け止めて、いつも優しく微笑んで抱きしめてくれるところ?
疲れた身体を癒してくれるマッサージ?
居てくれるだけで充分満足......

でも、でも......それで生活は成り立たない。
私に二人分のお給料は、無い。

彼に自分を証明するものが無いんだったら、市役所に行けばいい。勧めているのにいつも何だかんだと理由を付けて行こうとしない。いつも私の好きな目尻を下げ、クシャっとした顔をして抱きしめられてはぐらかされる。つい、強い口調で責めた時は、とても悲しそうな顔をして黙りを決め込んでしまった。それ以来、「今日は仕事見つかった?」等と、聞かないようになった。いつまでもパソコンは閉じたまま。

もし、もし結婚をした彼が専業主夫になったら、彼はきっと優秀な主夫になるだろう。パパになったら、きっと愛情深く子供を育てるだろう。でも、私が一手に働いたところで、家族を養うのは無理だ。そもそも私には結婚するつもりは無い。資金を貯めて、小さな自分のネイルサロンを開くのが夢だ。彼は私の足枷になるんじゃないか。

そう、本当の問題は、そんな事じゃ無い。
彼がどこの誰なのか、それがわからないからずっと不安に付き纏われる。沼が気持ち良ければ良い程不安が増大し、押し潰されそうなのだ。
彼と生温い沼にずっとずっと浸かっていたい。 
でも、このままだと、二人は破滅する。

彼が出て行ったところで、前の生活に戻るだけだ......

考えれば考えるほど落ち着かなくなり、気持ちが定まらないまま、カフェを後にした。

二時間もいただろうか。

マンションのドアを開けたら、彼が飛び出してきた。

「麻美ちゃん!心配したよ。何かあったのかと思って。帰ってきてくれて良かった。」

泣きそうな顔で私をギュッと抱きしめてきた。いじらしくて抱きしめ返したくなる気持ちを抑えて、彼を押しやった。

「麻美ちゃん?どうしたの?怒ってるの?」

「どうしたのじゃないわ。えいとが携帯を持っていないから連絡できないんじゃないの。どうして?今日もパソコンを開けてないでしょ。どうして?どうして家を探さないの?仕事を探さないの?私はあなたの母親じゃない。えいと、あなたは一体何者なの?」

本当はもう少し冷静に話したかったのに、つい、強い口調で捲し立ててしまった。もう、後戻りは出来ない。

「もう、出ていって。  
......お願い。出ていって。」

彼の作ったお料理の匂いが漂っている。
今夜はビーフシチューだったんだろうか。
とても悲しいシチューの匂い。
彼はエプロンを付けたまま、項垂れて目を伏せて泣いている。彼の悲しむ顔を見るのは、何回目だろうか。胸がギューっと痛くて、悲しくて、まだまだ好きな彼の後ろ姿を抱きしめたくなる自分を呪いたくなる。

私だってホントは彼を失いたくなくて、
泣きたい......


続く





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