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連載恋愛小説-「秘密」⑫


続きです 
                (1717文字)

出先でクライアントの川崎さんと別れ、早めの帰宅をしたのが夕方四時頃だっただろうか。

八百屋のトキオおじさんの車が家の庭に停まっている。またいつものように野菜を持ってきてくれて、いっちゃんと雑談でもしているのだろう。

トキオおじさんは亡くなった父の友達で、昔から勝手口から出入りする親しい仲だ。僕は小さい頃から可愛がってもらい、後妻で入ったいっちゃんに対しても、困ったことはないかといつも気にかけて、大層親切にしてくれる。
我が家にとっては、数少ない気軽に相談出来る人だ。

僕はその日の仕事の話しも上手くいき、鼻歌を唄いながら上機嫌で、先に事務所の方に荷物を一旦置きにいき、しばらく書類の整理をしてから廊下を渡り、母屋の方に戻って行った。

ガタン ガタッ 

奥のキッチンの方で音がする。

えっ、まだ、トキオおじさんいるの?

「おじさーん、また、何か持ってきてくれ......」
僕のキッチンに掛ける声と同時に

「キャッ!イャ!やめて下......」っと声がする。

僕は全身が粟立つ思いで慌ててキッチンに向かった。

そこにはスカートのウエスト部分から一部飛び出し、よれたブラウス姿のいっちゃんの、いっちゃんをかき抱こうとしているトキオおじさんを、顔を背け、体を出来る限り反らし、必死になって両手で押しのけようとする姿があった。

「何やってんだよ!」

僕は怒鳴りながら慌てて二人の間に入り、トキオおじさんの顔に向けて、思いっきりパンチした。

トキオおじさんはよろよろとよろけ、その場に尻餅をついてしまった。
「いってぇなぁ〜。何すんだよ。和。」
トキオおじさんの目は座り、ほっぺを摩りながら僕を思いっきり睨みつけてきた。
「おじさん、恥ずかしくないの?」
僕も息が上がっている。
「はぁ?恥ずかしい?恥ずかしいのは、お前じゃないのか。みんな、言ってるさ。お前と逸子さん、出来てんじゃないかって。」
僕は頭に血が上り、顔が紅潮し、拳が震える。
「......いい加減なこと言うなよ。」
僕から出た声は自分でもびっくりするぐらい低かった。僕の目もおじさんに負けないぐらい血走っていた筈だ。
もう一度、おじさんを殴りかかろうとしたところでいっちゃんが、
「和さん、やめて!」
全身で止めに入ってきた。
おじさんはフンっと言って、ゆっくり体を起こすと、切れた唇の端を撫でながら、すごすごと帰って行った。

くそっ

僕は思いっきり、自分の太ももに手を打ちつけた。

「かっ、和さん、大丈夫?」

「......いっちゃん......こそ......こんな時にまで母さんぶるなよ。」   
僕のやっと出した声はやっぱり低いままだった。

「えっ?」

「あっ、いゃ.....ごめん。そういう意味じゃ......」

肝心なことは多くは口に出来なかったり、言葉に出来なかったりする。そうやって人は憶測を招いたり、誤解をされたり、後悔をする。

「少し部屋で休むね.....さっきはありがとう......」

乱れた髪もブラウスもそのままに、青白い顔は前を見てはいるが、悲しさを慈しみで隠しきれないままの泣き笑いのような目と、その声は小さく震えていた。

音もなくドアが閉まって消えて行った。

僕は頭を掻きむしりその場に座り込んでしまった。

あいつはいっちゃんのことも、僕のいっちゃんに対する思いも汚してきた。許せない。

違う。僕は傷ついたいっちゃんを大丈夫だからと抱きしめて、髪の毛を撫でつけショールでくるんであげたかった。女性として泣き崩れ、怖かったと、甘えて欲しかった。なのに、僕は傷ついたいっちゃんをそのままに放置してしまった。あいつに痛いところを突かれ、カッとなって反応した気恥ずかしさが、より、怒りに変わったのは否めない。

いっちゃんは母親になろうとして今まで頑張ってきたのに......僕は全て台無しにしてしまった......僕は大馬鹿者だ。母さんぶるな。なんて、ひどいことを言ってしまった......


その夜は月明かりもなく暗い夜空だった。
まるで僕といっちゃんの心模様のようで、闇に沈んでいる。トキオおじさんとの長年の信頼も一瞬で消え去った。
僕の心はいつまでも闇の中を彷徨っていた。


続く

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