「拾った小石」⑫(#創作大賞2025#恋愛小説部門)
続きです
(1470文字)
カフェの窓から見える外は、一日中春の雨で薄暗い。矢上様のホームパーティーを早々に後にした次の日と同じ雨だった。矢上様の話しは止まらない。私はえいとの話しを聞き、身につまされる思いで胸が痛い。
「私もね、えいとをすぐに信じていいものか様子を見ることにしたの。でも直ぐに、純粋で素直な子だとわかったわ。天野やたかさんの言うことを良く聞いて、庭の手入れ、お料理、何でもしてくれるの。ある日、たかさんの肩を揉んであげているのを見たのよ。たかさんは、私の顔を見てすみません。って慌てていたけれど、あぁ、なんて優しい子なんだろうなって思ったわ。私もね、マッサージを頼んでみたのよ。とても上手でびっくりしちゃった。手先も器用そうだなって思って、毎日、私のヘアーメイクに付き合わせていたのよね。ある日一人でさせてみたら、見事に、仕上げてくれたわ。完璧。」
矢上様はそこで一旦話しを切って、コーヒーを口にした。
「あぁ、すっかり冷めちゃったわね。お代わりしましょうか。話しが長くなりそう。ごめんね。ケーキでも頼みましょ。」
矢上様は私の返事を聞かずに、ケーキとホットのお代わりを頼まれた。窓の外は、相変わらず雨が降りすっかり暗くなっている。
「半年ぐらいしてからかな〜。えいとを前にして、そろそろ本当の貴方の素性を教えてほしいって言ったの。悪いようにはしないからって。えいとは下を向いて手を握りしめ、唇を噛んでいたわ。言うべきか、言わぬべきか、逡巡しているのがよくわかった。なので少しずつ、こちらから質問していったの。結果は......」
それから矢上様は一瞬、窓の外に顔を向けてから
「はぁ〜っ。」
大きく息を吐き出し、今度はしっかり私の目を見つめ顔を近づけ、声のトーンを落としてこう言ったのだ。
「えいとはね......戸籍の無い子だったの。」
「えっ。」
私は声ともつかない声を出し、口元を両手で覆った。あまりの衝撃で、体がワナワナ震えてきて、矢上様の声が遥か遠くから聞こえてくるような、でも確実に私の胸に言葉が落ちてくる。えいとが戸籍が無い人だったとすると、確かに腑に落ちることばかりだった。
私は簡単に彼を拾い、自分の居心地の良いように利用し、又、簡単に捨てたのだ。私はなんて非情なことをしてしまったんだろう。もしかしたら彼は矢上様に逢わなければ、今頃、この世に居なかったかもしれない。私は自分の震える体を抱きしめ目を瞑り、下を向いたまま、顔を上げることが出来なかった。
「麻美ちゃん、大丈夫?えいとはもう大丈夫だと思うから、ちゃんと聞いて欲しいの。」
「はい。」
私は掠れた声で、返事をするのがやっとだった。
「えいとは、十八歳までは母親とずっと二人で暮らしてきたそうなの。母親が結婚して間もなくご主人のDVが始まったらしくて、逃げた後からえいとを身ごもっていたことに気がついたのね。でも知られるのが怖くて、ずっと、届けを出さずに来てしまったみたい。どうやって生きてきたのか詳しい事はわからないけれど、想像も出来ないような苦労してきた事は間違いないでしょうね。えいとが人として壊れずに生きてこれたのも母親の愛情の深さの所以でしょう。」
矢上さんはそこで一旦話しを切って、ケーキを口にした。
「ごめんね、麻美ちゃん。食事にすれば良かったわね。まだ、話しが続くわ。」
私は喉もカラカラだったことを思い出し、水に手を伸ばす。伸ばした手が震えていて、水が小刻みに揺れている。
ケーキは一口も口にする事が出来なかった。
続く
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