「錯綜するアドリブソロ ・13」
夕べは、以前在籍していたバンドのベーシストのタケと、かなり遅くまで飲んでしまい、彼が帰ったあと、今回は、忘れずにiPhoneの電源を切り、爆睡。
起きたら、10時過ぎだった。
今夜は幡ヶ谷のライブカフェ「blue sofa」でのライブで、さすがに寝不足だとまずかったから、しっかり寝られ、よかった、と思うことにする。
オーナーの、ベーシストでもある瀬間さんからの依頼だし、初日なので、この仕事は、ちゃんと演りたい。
とはいえ、そんなふうに思って演ると、かえって力んで良くないから、まあ普通に演ることに。
普通、ってのも、意識すると難しいのだが。
寝ている間に、せりなから着信があったようだが、あえて電話しなかった。
今日は、土曜日だから、「ロレット」は休み。
ライブ後に、ゆっくり話そう、と思った。
それで、その件は、考えないことにする。
夕方、「blue sofa」に入り、少し打ち合わせ。といっても、持参したオレが好きな曲の、コードのみの譜面を瀬間さんとドラマーの西谷さんに渡しただけ。
一応、ネットのHPには、今夜の出演は、「高梨航トリオ」になっていて、オレが選んだ曲を好きなように演っていい、と言われていた。
一曲目、「Everything happens to me」を、速めのスローで演る。
速めのスローって言い方、考えてみれば、変だが。
お客は、最初はそれほどいなかった。
が、甲州街道に面しており、ガラス張りの店内が歩行者から見えるので、覗いて入ってくる客もちらほら。
演っているうちに、まあまあ、混んできた。
ライブをしっかり聴きに来るというより、お酒を飲んでくつろぎに来る、という客のスタンスが、オレの好みに合っていた。
何より、ベーシストもドラマーも、同じように感じているのがわかって、とても演りやすく、リラックスしてできる。
頑張らなくていい。
ある意味、理想的。
店名の通り、カウンター以外は、落ち着いた暗い青色のソファが配置され、シック。
「Nancy」をスローで、その後「Day by Day」を、ボサで演った。
我ながら、なかなか良いアドリブ。
1stステージの途中で、松永さんが来店したのがわかった。
休憩時間に、彼女がいるカウンターに行く。
仕事後ではないのか、ラフなセーター姿。
「すごく素敵だった」
彼女が言ってくれて、お礼を言うと、
「ネットのスケジュールに高梨さんの名前があったから、来ちゃった。迷惑だった?」
と、ニコッとして言われる。
「全然。嬉しいです、来てくれて」
オレは言って、彼女の隣に座る。
何か飲んで、と言われ、ジントニックをたのむ。
カウンターの中には、自分と同年代くらいの、清潔感漂う女性が、手際よく飲み物を作ってくれた。
松永さんは、キールを飲んでいる。
「この間、ごめんなさいね、大丈夫だった?芹奈さん」
松永さんが、ちょっと言いにくそうに言った。
彼女と朝、ヴィドフランスにいたのをせりなに見られ、誤解されかかったことを言っている。
「あー、大丈夫でしたよ、別に」
と、わざと軽い口調で言った。
「そう。ならよかった」
と、なんとなく残念そうに言われる。
少し黙って、流れているボレロのような、ギターが奏でる静かなBGMに、身を委ねる。
よくライブハウスに演奏に行くと、休憩中に、超絶技巧のジャズ演奏がBGMでガンガン流れたりして、その後のステージでやる気を失ったりするんだよな。
その点も、ここはそうじゃなくて、非常に良い。
瀬間さんと西谷さんも、お客の席で談笑している。お客は、彼らの友人が多そう。
「何かリクエストとかありますか?」
松永さんに尋ねる。
「そうねえ、『When I fall in love』とかどう?」
「了解です」
彼女も、オレと知り合ってから、ジャズが好きになり、聴くようになったという。
「結城さんとは、その後は全く?」
「そうね。やっぱり、私、自分が追う方が好き。追いすがってこられると、ますます冷めちゃうのね。あの人には悪いけど」
彼女は、キールを飲みながら、しみじみ言った。
「それはわかります」
オレも言ったが、
「でも、追って応えてもらえないのも、辛いでしょうね。それまでつきあってた人に…」
と、さらに言った。
ふられた結城さんの方の立場に立ってみるなんて、今まではなかったことだった。
松永さんは、オレを見て、
「何かあったの?」
と言う。
いえ、別に、とオレは口籠る。
それで黙って、ジントニックを飲む。
「ねえ、高梨さんと芹奈さん、どっちが好きになったの?最初に」
と訊かれ、
「そりゃ、僕の方ですよ。…多分」と答える。
「そうかなあ、なんか、芹奈さん、高梨さんのことしか見えない感じだったけど?」
「あいつは感情をストレートに出すタイプなんです。僕のことは自分の思い通りになると思ってるから、意にそぐわないと、やきもちやいたり、怒ったりしてるだけで…でもだからといって…」
なんか言ってて、また落ち込みそうになり、最後まで言わなかった。
だからといって、オレに対する愛情が深いとは、限らない、と。
2ndステージの最初に、「When I fall in love」を演奏。
で、まあまあ明るく始めたのだが、その後、
瀬間さんの友人のリクエストで、「You don't know what love is」を演ると、またちょっと暗い気分に。
演奏的には、悪くはなかったが。
曲は、ふられて痛い目にあわないと、恋がどういうものかなんてわからない、とかいう内容だったと思う。
ただ、元々、オレは暗い曲が好きだ。
思いっきり暗くて、悲しくて、美しい曲が。
何故だ。
ステージが終わった後、松永さんも帰り、一人でカウンターでジンのストレートを飲んでいると、瀬間さんが隣に来て、その話になった。
「それは、高梨さんが、明るくハッピーな人だからじゃないですか」
瀬間さんが言った。
以前も、そう言われたことがある。
「悲しい人生を送っている人って、逆にハッピーな曲を好みますよね。僕や高梨さんは、根が明るいのでは?」
瀬間さんが、微笑んで言った。
彼とオレは、曲の好みが似ている。
だから、オレに共演を依頼してきたのだろう。
確かに、自分にないものを求めるってことも、あるかもしれない。
ある意味、恋愛と同じ?
でも、せりなは全く、暗くはないな。
逆に、オレの何倍も明るく、元気で、前向きな気がするが。
でも、まだよくわからないよな。
そんな単純なことではないな。
そういえば、シャンソンの伴奏を始めて、気づいたことが。
シャンソンの歌を嗜む良家のマダムたちは、必ずと言っていいほど、娼婦の歌を好んで歌う。
自分とはかけ離れた世界にいる人に、歌の世界では、なってみたいのだろうか。
ライブが終わり、店を出て、タクシーを拾おうと思い、甲州街道を歩くが、車が走っている逆の向きなので停めづらく、寒いが、歩いてしまおう、と思う。
せりなに電話をかけるが、出なかった。
どうしているのだろう、と思った。
海斗の話をしなければ、と思った。
思ったが、それには、やはり直接、会った方がいい。
明日にしよう。
そう思って、また、ホッとしている自分がいた。
命拾いしたような気分で。
