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「注文が難しい料理店」

「緑山さん夫妻がさ、店やり出したの、知ってる?」

  行きつけの喫茶「マサヤン」の店主マサヤンが、言った。
 緑山さん夫妻も、この店の常連。
「へえ、なんの店?」
 俺がモーニングセットのバタートーストを食いながら、訊くと、
「それがさ、まだはっきり決めてないらしくて」
「何、それ」
「飲食店ってことは決まってるんだって。一応、創作料理店として始めて、様子見るって」
 マサヤン妻が言った。

「なんていうお店?行ってみたいな」
 俺の彼女、カナが、ゆで卵の殻を剥きながら訊く。
「その名も『緑山食堂』!」とマサヤン。
「そのままじゃん」と俺。
「だから、やってくうちに専門が決まったら、店の名前も変わるんじゃないかな。場所が良かったし居抜きだから、とにかく借りちゃったんだって。前からなんかの店、二人でやりたいって思ってたらしいよ」
「なるほどね、じゃ脱サラ?」
「そう。近くだから二人で行ってみてよ」
 
  というわけで、俺はその日、仕事が休みだったし、カナの仕事も早く終わったから、二人で行く。

 店の前にマジックで「緑山食堂」と書いたダンボール紙。とりあえずの看板か。
 入っていくと、まだ客がいない。
 夫妻が、何やら激しく言い争いをしていたが、
「あっ、ユウジ君、カナちゃん、来てくれたんだ」と、俺たちを見て、二人とも一応歓迎してくれた。
 夫妻は、確か、俺より少し年上の40代か、30代後半。

 テーブル席にすわると、緑山妻が、水とメニューを持ってきた。
 メニューを見ようとすると、緑山妻が、何気にメニューの左側を手で覆い、見せないようにする。
「あ、あの、見ていい?」と、無理矢理メニューを自分とカナの方に寄せる。
 緑山妻は、渋々メニューを俺に渡した。

  メニューは、左側にはカツ丼や生姜焼き定食など和のメニュー、右側にはカルボナーラやグラタンなど洋風メニューが書いてある。
「いろいろあるんだな。俺、刺身定食にしようかな」と俺が言うやいなや、緑山妻が、

「ええっ!?」

と叫び、ものすっっごく怖い顔で俺を睨んだ。
「?…な、 何、そのリアクション」と俺。

「いえ、なんでも。カナちゃんは?」と緑山妻は、取り繕った笑顔でカナに訊く。
「えーとね、ハンバーグセット」とカナが言うと、

「なんでだよっ?!」

と、カウンター内の緑山夫が、怒鳴る。
 
 なんでだよ…って?
 
 嫌な沈黙が、流れる。
 
「じゃあ、俺、やっぱり焼き魚定食にしよっかな」
と、言ってみるが、
「…  焼き魚か… 」
と、緑山夫のガッカリした声。
「じゃ私ナポリタン」
とカナが言うと、緑山妻が、
「まあ、それでもいいけど.. 」と、不満そう。

「いったい何なら満足なんだよ?」
 だんだん腹が立ってきて、俺が言うと、
「ごめん、ユウジ君、カナちゃん。ちょっとまだ慣れてなくて。あのさあ、メニューにさりげなく番号ふってあるよね、それ参考に、注文して」と、緑山夫が言う。

 意味がよくわからないなりにメニューを見ると、確かに薄く番号が。
「これ、なんの番号?」
 俺が尋ねると、
「だからさ、注文してほしい順に、番号ふってある」。
「…  」
「それでね、できたら右側のにして」と緑山妻。
「だめだよ、左側!」と緑山夫。
 それで、二人はまた口喧嘩を始めた。

 考察するに、緑山夫は、和食の店にしたいらしく、妻は洋風にしたいらしい。
 番号は、作り過ぎたり、日持ちしない材料を使ってる、早く消費させたいものから、順位を決めているようだ。
 それはわかるけど…   食べてみたい料理はメニューにあるが、頼みにくい、という事態に。
 それに、何を頼んでも、どちらかからは睨まれる。
 
 …疲れる…
   飲食店に来て、客がこんなに気を使うのも、どーかと思う。
「もう来ねーよな、二度と」
と、俺がカナに囁くと、カナが思わぬことを言った。
「え?なんで?面白いじゃん、夫婦のバトルが見れるんだよ?こんなにベタなの、久しぶりに見た」
さらに、彼女は言う。
「なんの店か決めるなら、注文された料理のランキングをグラフにして、張り出したらいいんじゃないかな」
「…  」
「それからお客にどっちが勝つか予想してもらってさ、勝ったほうについた人にはプチデザートをサービスするとかすると、絶対楽しいよ!」

 カナが言うと、緑山夫妻はじっと聞いていて、
「なるほどなあ」
「いいかもね、さすがね、カナちゃん」
などと感心している。
「じゃあさ、私、グラフ作ってきてあげる」
とカナも言って、楽しそう。
「おまえは何事にもポジティブでいいよな」
俺は皮肉を込めて、呟いた。

「でさ、俺たち、何頼んだらいいの?面倒だからそっちで決めてよ」
とヤケクソで言うと、
「親子丼」
「カルボナーラ」
と、二人は素早く、口々に言った。
「卵が、賞味期限ギリギリだから」と、二人同時に言った。
 
 
 それで、しばらく、緑山食堂のことは忘れていて、1週間くらいたって、また二人でマサヤンの店に行くと、
「緑山食堂、潰れたよ」
と、マサヤンが言った。
「からの離婚も」
と、さらに言って、やっぱりな、と思った次第。
 
 帰り道に、手を繋いで、カナとなかしん商店街を歩く。
「カナはさ、店やるならどんな店がいい?」
と訊いてみるが、
「あ、でも、緑山夫妻みたくなったら嫌だから、二人で飲食店はやらないようにしような」
と、言い直す。
「やるわけないじゃん」とカナ。
「あー、そうだよな」
 カナは人に料理を出すどころか、俺に手料理を作ったのだって、つきあい出してから数えるほど。
 何料理が得意、とかいう以前の問題だった。
 それはそれで、良かった、というか、なんというか。



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