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『ネットワークビジネスで夢が広がった』は、本当に夢が広がったのか?

ネットワークビジネスを始めた人に「なぜこのビジネスを始めたんですか?」と聞くと、たいてい流暢に答えが返ってくる。

元々は〇〇という夢があって、その実現のために手段を探していました。そのときにこの会社と出会って、ここなら夢を叶えられると感じたんです。
今はさらに夢が広がって、〇〇のためにも頑張っています
」。

よどみなく、熱量を持って語られる。

聞いている側は「この人には明確な目的がある」と感じる。

でも少し時間をおいて「最初の目的って、今も変わっていないですか?」と聞くと、答えがぼんやりすることがある。

8年間この世界にいた私自身がそうだった。

元々の目的はとっくにすり替わっていたのに、辞めるその日まで気づかなかった。

いや、正確には辞めてから1年が経った頃、ある事をするまで完全に忘れていた。

目的のすり替わりは、だまされた結果ではない。

違和感を感じながらも、繰り返し語るうちに、自分自身がその新しい目的を「本当の目的だった」と、記憶ごと自分で書き換えていく現象が起きる。

今回は3つの切り口からこの仕組みを見ていく。



「三種の神器」が、目的すり替えの道具になっていた

ネットワークビジネスの勧誘現場には、「三種の神器」と呼ばれるトークの型がある。

「元々〇〇という目的があった」
「それをするための手段を探しているときにこの会社と出会った」
「今では毎月〇〇万円稼いでいる」

この3つを組み合わせて、自分の体験談として語る形式だ。

シンプルで再現性が高く、聞いた側が「自分にも出来るかもしれない」と感じやすい構造になっている。

実際の現場ではもっと複雑だけど、大雑把に三種の神器を話すとこんな感じの話の構成だ。

私がビジネスを始めた当初の目的は「再進学費用をネットワークビジネスで稼ぐ」というものだった。

具体的で、現実的な目標だった。

最初はそれを三種の神器の一番目に据えて、勧誘の場で語っていた。

周りのメンバーも同じようにそれぞれの目的を語っていた。

でもある時期、私はSさんというリーダーに相談した。

語れるほどの夢がない」と。

そのときSさんから返ってきた言葉が「夢は自己解釈で広げるものだから、この環境に関わってやりたいことが広がったなら、それを三種の神器として話せばいい」というものだった。

これは一見、前向きなアドバイスに聞こえる。

でも実際にやっていることは、元々の目的を「この組織に関わることで生まれた新しい目的」に差し替えることだ。

しかもそれを、勧誘の場で繰り返し語ることで定着させる。

語れば語るほど、その話が「自分の本当の物語」として強化されていく。

周りのメンバーも、ほぼ例外なく同じプロセスをたどっていた。

相互プレゼンの研修では「この前は〇〇のためにビジネスを始めたと言っていたのに、今は全然違う目標を語っている」という変化が、普通に起きていた。

夢が新しく生まれること自体は悪いことではない。

でも元々の目的をすっかり上書きするやり方で、組織に都合のいい物語を作らせていくやり口には、今でも卑怯さを感じる。

違和感は、繰り返しによって上書きされる

正直に言うと、最初は違和感があった。

Sさんのアドバイスを受けて「自己解釈で広げた夢」を語り始めた頃、心のどこかで「これは本当に自分の夢なのか?」という引っかかりがあった。

でも言われた通りにプレゼンを続け、研修で何度も繰り返した。

アポの場で熱量を込めて、何度も何度も語った。

するとその内、不思議なことが起きた。

「実は本当にそうだったのかもしれない」と思うようになってきたのだ。

語り続けることで、作られた物語が本物の記憶に変わっていく。

最終的には「これが自分の本当にやりたかったことだ」と信じて疑わなくなっていた。

組織の中では「相互プレゼン」という研修が定期的に行われていた。

メンバー同士でプレゼンを見せ合い、ブラッシュアップしていく。

その場で「もっと夢を大きく語って」「もっと感情を込めて」というフィードバックが繰り返される。

洗練されていくプレゼンとともに、語られる目的も組織に都合のいい形に磨かれていく。


心理学的に言えば、これは「自己説得」に近い現象だ。

人間は自分が繰り返し口にしたことを、次第に本当のことだと信じるようになる傾向がある。

特に感情を込めて、他者に向けて語るという行為は、その効果を強める。

ネットワークビジネスのプレゼン文化は、意図しているかどうかはわからないけど、この現象を最大限に活用している。

違和感は消えるのではなく、上書きされる。

そして元々の目的は記憶の中から静かに消えていく。

すり替わりに気づいたのは、辞めてから1年後だった

私がネットワークビジネスを辞めたのは、Sさんという尊敬していたリーダーへの不信感、会社への疑問、そしてネットワークビジネスというビジネスモデルそのものへの懐疑が積み重なった結果だ。

自分の意志で離れたけど、最後の瞬間まで目的がすり替わっているとは思っていなかった。

辞めた後も、しばらくは「あの環境のおかげで価値観や視点が広がった」という認識のままだった。

元々の目的である「再進学費用を稼ぐ」という話は、自分の中でとっくに過去のものになっていて、思い出すことさえなかった。

気づいたのは、辞めてから1年が経った頃だ。

日課として取り組んでいたジャーナリング中に、「そもそも、なぜネットワークビジネスを始めたのか」という問いに向き合う機会があった。

そのとき初めて、元々の目的と、辞める頃に語っていた目的が全然違うものになっていたことに気づいた。

驚いたのは、すり替わっていたことへの驚きよりも、それに全く気づいていなかったという事実への驚きの方が大きかったことだ。

すり替わりは、外から見ていれば気づきやすい。

同じ人のプレゼンが時間とともに変わっていくのを見れば、「あ、目的が変わっているな」とわかる。

でも語っている本人からは分からないものだ。

なぜなら変化は少しずつ起きて、その都度「これが本当の自分の目的だ」という認識に更新されていくからだ。

気づかないのは鈍いからではなく、気づけないように設計されているからだ。

なぜこれほど巧妙に起きるのか

ここまで3つの切り口を見てきたけれど、改めて問おう。

なぜ目的のすり替わりは、これほど気づかれないまま進むのか?

私が出した答えは「すり替えが、本人の意志と言葉で行われるから」だ。

誰かに「お前の目的はこれだ」と押しつけられるわけではない。

自分の口で語り、自分の感情で語り、自分が納得した形で語る。

その積み重ねが、記憶を書き換えていく。

外から強制されたわけではないから、「だまされた」という感覚が生まれにくい。

むしろ「自分が選んだ」という感覚の方が強く残る。

でもその「自分が選んだ」という感覚は、「自己解釈で広げればいい」というアドバイスのもと、プレゼンという形で繰り返し練習させられた結果として作られたものだ。

自発的に見えて、自然とそうなるように設計された環境の中で起きている。

終わりに

もし今、ネットワークビジネスに関わっている人がこれを読んでいるなら、一つだけ考えてみてほしい。

最初にこのビジネスを始めたとき、あなたが語っていた目的は何だったか?

そして今、自分が語っている目的は、それと同じものか?

目的は変わっていいけど、「変わっていることに気づいていること」と、「気づかないまま変わっていること」は、全然違う話なのだから。

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