ミトコンドリア電子伝達系でのNADとFADの違い(NAD-FADシリーズ2/4)
(アイキャッチはミトコンドリアのフリー画像から最も実体に近そうな画像を選択、gettyimagesより引用、緑に塗られている部分だが実物は緑色でない)
前回は、NADとFADがどちらも電子を運ぶ補酵素でありながら、その性質や役割が大きく異なることを解説しました。
NAD(エヌエーディー)=ナイアシンアミド・アデニン・ジヌクレオチド
FAD(エフエーディー)=フラビン・アデニン・ジヌクレオチド
今回は、その違いが最もはっきり現れる電子伝達系について、できるだけ分かりやすく解説します。
電子伝達系は、細胞小器官であるミトコンドリアの内膜に存在する、体内最大級のエネルギー生産システムです。
まずはミトコンドリアの解説から始めましょう。
今回はシリーズの2回目の位置付けですが、NADやFADといった化学物質よりも細胞について説明している分、導入として興味を持てるように書いたつもりです。
この記事から読み始めて興味を持った方は、1回目もご覧ください。
1.ミトコンドリアの実体
ミトコンドリアほど学校の教科書のイメージと異なる細胞内器官はないかもしれません。
教科書では、ミトコンドリアは緑色のゾウリムシのような形で3個くらい描かれることがあります。

しかし、実際には緑色ではなく、一つ一つはほぼ無色透明で、たくさん集めると赤褐色に見えます。
赤血球と同じヘム鉄が含まれているからです。
(顕微鏡画像でも緑色となっているのは、下村脩教授がノーベル化学賞を受賞した緑色蛍光タンパク質で染色しているため。
また、発見の前も緑色の染色液を使用していたため。)
形は細長いひものようなものが多く、枝分かれしたものなど様々で、全体的には細胞の中に多くの網があるようなイメージです。
ひもを斜めに切ると、だ円形の断面になります。
だ円形というのはスライスした細胞の断面図から表現したもので、現実とかけ離れた形状です。
さらに、一つの細胞には数百~数千個ものミトコンドリアが存在し、全身のミトコンドリアを合わせると、その重量は体重の約10%にもなります。
また、ミトコンドリアは一つの細胞内にとどまらず、別の細胞に移動することもできます。
人が食べた糖質や脂質、アミノ酸は分解される過程で、エネルギーを持った電子を取り出します。
電子とは、原子を構成する非常に小さな粒子であり、電気の流れの正体でもあります。
この電子に食べ物から得たエネルギーが一時的に蓄えられ、NADやFADが受け取ってNADHやFADH₂となり、ミトコンドリアの電子伝達系まで運びます。
(電子を運ぶ際にH(水素)が入る理由は、2で説明します)
電子伝達系では、この電子のエネルギーを利用して大量のATP(アデノシン三リン酸)が作られます。
ATPは細胞が活動するためのエネルギー通貨と呼ばれる物質で、筋肉を動かすこと、脳が働くこと、細胞が増えることなど、ほぼ全ての生命活動に利用されています。
人体で産生されるATPの約9割は、ミトコンドリアの電子伝達系によって作られていると考えられています。
つまり、ミトコンドリアは細胞の発電所と呼ばれるほど重要な存在なのです。
2.電子伝達系とは何か
電子伝達系を理解するためには、プロトンという言葉も知っておく必要があります。
水素原子は電子を1個失うと、水素イオンになります。
水素イオンは電子を失って陽子だけになった状態で、陽子はプロトンと同じものです。
そのため、生物学では水素イオンをプロトンと呼ぶのです。
この記事では以降、プロトンという表現で統一しましょう。
なお、化学式では電子のe-に対して、プロトンをH+と表記します。
電子伝達系は、ミトコンドリア内膜に並ぶ5つの酵素複合体から構成されています。
・複合体Ⅰ(NADHから電子を受け取り、コエンザイムQへ渡す酵素)
・複合体Ⅱ(FADH₂から電子を受け取り、コエンザイムQへ渡す酵素)
・複合体Ⅲ(コエンザイムQからシトクロムcへ電子を渡す酵素)
・複合体Ⅳ(シトクロムcから酸素へ電子を渡す酵素)
・複合体Ⅴ(ATP合成酵素)
これらはそれぞれ独立して働くのではなく、一つの巨大なエネルギー変換システムとして連携しています。
実際にATPを合成するのは最後にある複合体Ⅴだけです。
複合体Ⅰ~ⅣはATPを直接作る酵素ではありません。
電子が流れる際に放出されるエネルギーを利用して、ATPを作るための準備を行っています。
なお、サプリメントとして販売されているコエンザイムQ10は、この電子伝達系で電子を運ぶ役割を担う補酵素です。
私もミトコンドリアを元気にする目的でよく飲むサプリメントです。
3.NADH・FADH₂と複合体
① NADHとFADH₂の電子の運び先
NADHは電子伝達系の最初の入口である複合体Ⅰへ電子を渡します。
一方、FADH₂は複合体Ⅱへ電子を渡します。
つまり、NADHは複合体Ⅰから始まり、FADH₂は一つ先の複合体Ⅱから始まることになります。
この違いが、最終的なATP産生量の違いにつながります。
ただし、複合体Ⅱは複合体Ⅰの代わりではありません。
複合体Ⅱはクエン酸回路にも属する独立した酵素(コハク酸脱水素酵素)であり、FADを補酵素として利用しています。
そのため、複合体Ⅰと複合体Ⅱは競合するのではなく、それぞれ異なる代謝経路から電子を受け取る並列システムとして働いています。
② 複合体Ⅰと複合体Ⅱの構造的な違い
複合体Ⅰは電子伝達系の中で最大の酵素複合体です。
NADHから電子を受け取ると、そのエネルギーを利用してミトコンドリア内部のプロトンを内膜の外側へ輸送します。
同時に、電子はコエンザイムQへ渡されます。
一方、複合体ⅡもFADH₂から電子を受け取り、コエンザイムQへ渡します。
しかし、複合体Ⅱはプロトンを内膜の外側へ輸送しないのです。
この違いが、NADHとFADH₂のATP産生効率を分ける最大の理由です。
③ NADHは約2.5ATP、FADH₂は約1.5ATP
以前は理論値として、NADH=3ATP、FADH₂=2ATPと説明されることが一般的でした。
しかし、現在では、実際のATP合成効率を反映して、次のように考えられています。
NADH:約2.5ATP
FADH₂:約1.5ATP
その理由は、プロトンを輸送する回数の違いです。
NADH由来の電子は、複合体Ⅰ→複合体Ⅲ→複合体Ⅳを通過します。
この過程で、複合体Ⅰで4個、複合体Ⅲで4個、複合体Ⅳで2個の合計10個のプロトンが内膜の外側へ輸送されます。
一方、FADH₂由来の電子は、複合体Ⅱ→複合体Ⅲ→複合体Ⅳを通過します。
複合体Ⅱではプロトン輸送が行われないため、複合体Ⅲで4個、複合体Ⅳで2個の合計6個のプロトンしか輸送されません。
ATP合成酵素がATPを1分子合成するには、およそ4個のプロトンが必要と考えられているため、
NADH:約2.5ATP(10÷4)
FADH₂:約1.5ATP(6÷4)
という違いが生じます。
4.ATP生成のメカニズム
① ATP生成はダムのイメージ
電子伝達系で電子が流れるのが目的ではなく、ATPを作るための手段です。
本当の目的は、ミトコンドリア内膜の両側にプロトン濃度差を作ることです。
複合体Ⅰ・Ⅲ・Ⅳはプロトンを内膜の外側へ輸送します。
その結果、内膜の外側にはプロトンが多くたまり、内側との間に濃度差が生まれます。
この状態は、高い場所に水をためたダムによく似ています。
ダムでは、水が高い場所から低い場所へ流れるとき、水車が回転して発電機が電気を作ります。
ミトコンドリアでも同じことが起こっています。
内膜の外側にたまったプロトンは、複合体Ⅴ(ATP合成酵素)を通って内側へ戻ります。
このプロトンの流れによってATP合成酵素という分子の水車が高速回転し、その回転エネルギーを利用してADP(アデノシン二リン酸)とリン酸(P)からATPが合成されます。
② 電子伝達系は電子ではなくプロトンの力でATPを作る
電子伝達系という名前から、「電子がATPを作る」イメージがありますが、違います。
しかし、実際には、電子はATPを直接合成していないのです。
電子は複合体Ⅰ・Ⅲ・Ⅳを通過するときにエネルギーを放出し、そのエネルギーでプロトンを輸送しています。
ATPを実際に作るエネルギー源は、このプロトン濃度差です。
流れを整理すると……
電子が流れる
↓
プロトンが内膜の外側へ輸送される
↓
プロトン濃度差ができる
↓
プロトンがATP合成酵素を通って戻る
↓
ATP合成酵素が回転する
↓
ATPが合成される
このように考えると、NADもFADもATPそのものを作る物質ではありません。
どちらも電子伝達系へ電子を届ける「電子の運搬役」として働き、ATPを効率よく生み出すために欠かせない補酵素なのです。
まとめ
ミトコンドリアには電子伝達系という生体最大級のエネルギー変換システムがあります。
電子伝達系は、ミトコンドリア内膜に存在する5つの酵素複合体から構成されます。
NADHは複合体Ⅰから電子を供給し、複合体Ⅰ・Ⅲ・Ⅳで合計10個のプロトン輸送に貢献するため、約2.5分子のATP産生につながります。
一方、FADH₂は複合体Ⅱから電子を供給します。
複合体Ⅱではプロトン輸送が行われないため、合計6個のプロトン輸送となり、ATP産生量は約1.5分子になります。
この違いは、NADとFADの優劣でないと考えて下さい。
それぞれが異なる代謝経路から電子を受け取り、電子伝達系へ効率よく届けることで、糖質・脂質・アミノ酸という多様な栄養素を生命エネルギーであるATPへ変換できるようになっているのです。
本記事は健康に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の疾病の診断、治療、予防を目的とするものではありません。
体調に不安がある場合は、医師等の専門家にご相談ください。
今回2回目は7月20日(月)が祝日のため、21日(火)に公開しました。
あと2回は次のスケジュールで公開します。
第3回目 7月24日(金)午前10時
第4回目 7月27日(月)午前10時
次回3回目で、電子伝達系と老化研究との関係について解説します。
NADがサーチュインやDNA修復を介して細胞全体を制御する一方、FADがミトコンドリア機能や酸化ストレス防御をどのように支えているのかを詳しくご紹介します。
最新の老化研究や神戸大学の研究成果も交えたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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