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そんな風に笑って 小説 第二話 


目次
第一話

翌週、涼介は先週人事から来た資料をファイルに閉じた物を片手に第二研修室に向かっていた。

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『社内コンペについて』

営業第4課 安田涼介様
お疲れ様です。

先日はご参加の旨、ありがとうございます。
早速ですが
5/10(金)17時から第二研修室で社内コンペにおけるガイダンスを行います。
資料とメモをご持参いただき第二研修室にお越しいただきますようお願いします。

資料は当メールのファイルにて送っておりますので事前にご確認いただくようお願いします。

人事課 柳

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資料には今後の具体的なスケジュールとグループの振り分けが記されていた。

社内コンペという今までと違う試みは涼介にとっては新鮮な気持ちが強く高揚した気持ちで読み進めていた。
最後のページに振り分け表が記されていた。今後数か月は共に行動する人だ、涼介は顔を近づけて自分の名前を探した。
四人構成の自分のグループ分けには二人、見覚えのある名前があった。

特に、一人記された名前に涼介は苦虫をかんだような顔になる。

「高山さんかぁ……」

・・・・・・・

「皆様。この度は内定おめでとうございます。入社まで半年程ありますが
それまでに一度顔合わせということで気楽にお楽しみください、それでは乾杯!」

初めて高山さんと会ったのは内定者懇親会だった。

グラスにはまだ注がれて新しいビールやソフトドリンクがいくつも並んでいた。
人事の柳さんは大きな声で乾杯の音頭を取るとグラスを持った新入社員達は恐る恐るとまばらでテンポの違う乾杯の返事が返ってきた。

周りが固い顔のままグラスを持つ同年代ばかりの中、俺は『スーツでお酒を飲むこと』という雰囲気に無性にわくわくしていた。
もうすぐ「社会人になるんだ」と弾ける炭酸のような気持ちが体を軽くさせてあちこちと会場内を動き回った。

「初めまして~安田です。よろしくお願いします」

初めての立食形式のテーブルはなにかすごく大人になった気分だった。
誰もがお地蔵さんみたいに動かない中、俺は滅多に食べないローストビーフを皿いっぱいにとって挨拶にいくと皆はその皿を見て笑った。

時間が進むごとにお酒は進み、お葬式のような空気だったのがようやくパーティとしての形を表した。
明るい喧騒の中、俺は楽しんでいた。

一通り周りきった俺は隅の方のテーブルに目がいった。
一人だけつまらなさそうに動くこともなく黙々とフォークを動かしている人がいた。

「初めまして~安田です。よろしくお願い…「龍南大学の安田さんですよね。明阪大学の高山です。よろしくお願いします」

「あ、よろしく……ごめん、気を悪くさせたかな?」

「別に普通です」

「よかった~こんなところにきて緊張するよなぁ、高山さんも緊張してる?」

「まぁ多少は」

「だよね~よかったらさあっちでみんなで話さない?顔合わせもかねてさ」

「いえ、人ごみはあまり好きじゃないので結構です」

「そっか…」

会話のキャッチボールというより投げた球がことごとくバットで打ち返されるような気分だ。
マウンドにたったつもりはないんだけどな。

それからも何度かボールをあれやこれやと投げてみるが高山春海は一言返してはまたフォークで皿をつつく。そんな不毛なやりとりを繰り返していると、ついに話題の引き出しは空っぽになった。

「……てか明阪大ってすごいところじゃん!高山さんって頭いいんだね!」

「普通に勉強したら誰でも行けますよ」
なんだろう。どうしてこの人はこんなにツンとしているんだろう…

「俺は全然勉強してなかったからな~高山さんはすごいな!」

先ほどから表情なく話す彼女に違和感を覚えた。
この人は笑うのかな。
この際、愛想笑いでもなんにでもよかった。
少しでも温度のある表情を求めて言葉を放つと、機械のようにサラダをフォークで刺す作業を止めて、初めて俺の目を見た。
冷えそうなほどの白い肌に、最低限の清潔感で整えた薄いメイクは彼女の射貫くような切れ目をより力強く映えさせた。
目が合った瞬間この人は「モテるんだろうなぁ」と頭によぎった。
願わくば、ここでは無いどこかで出会いたいと少し後悔してしまう。

「安田さんは努力したことあるんですか」

キッと音が鳴りそうな目を向けて放つ言葉に直感で分かった。

地雷を踏んだ。

学校の掃除用ロッカーのドアを友達と遊んだ拍子に壊してしまい怒られた時を思い出した。
あの時も言い逃れできない感じがあったっけ。

こちらの返答を待つ間は長く感じた。
まるで小学校の時間に誰かが悪いことをしたことを打ち明けるまで帰ることのできないようなあの空気。
そんな空気を纏いながら依然と彼女は刺すような視線をこちらに向けている。
早くこの刺すような視線から逃げたくて答えようとするがうまく舌が動かない。
上擦りそうになる声を抑え、できるだけゆっくりと話そうと唇を舌で濡らし口を開いた。

「そりゃあ、あるよ……」

「そうですか」

ひねり出した必死の返事にはなから興味がなかったのか、高山さんは再びサラダにフォークを指す作業に戻った。
つまらなさそうにフォークでレタスを刺している高山さんの視界には既に俺はいなかった。
取り付く島もないまま俺はおそるおそる退き、喧騒の渦に避難した。

心の底まで見抜いてしまいそうなあの目が綺麗であり同時にひどく怖かった。

・・・・・・・

それ以来、高山さんという人物がどうにも苦手だ。
入社後でも彼女に会うにはどうにも気が引ける。
余計なものを隠し持っていることさえ見抜かれそうな気がしてより一層、
彼女と顔を合わせるのが会うのが嫌だった。

仕事として振舞おう。
俺は我ながら頼りない豆粒の『大人スイッチ』を押した気持ちで研修室に向かった。







研修室に着くと既に同期の一人がいた。
室内でもかかわらず薄い褐色の肌は彼がアウトドアな人物であることを容易にイメージさせる。
「おぉ、涼介」
「おぉ、中浦。早いな。」
「まあなぁ仕事言うても先輩の手伝いみたいなもんやし、そんな忙しないよ」
「いいなぁ。俺も楽をしたいよ~」
「その分やりがいあるからいいやん」
「どうなんだろね」

中浦幸平。
営業一課の時から馬が合う人物でよく一緒にいた人物だ。
腕をまくったワイシャツ姿はできる営業マンの雰囲気が滲み出ていた。
日に焼けた肌の色に合う快活な関西弁と大学までサッカー部としていたこともあり、ガタイもかなり良い。
その割に業務中以外は「関西弁だとニュアンスが勘違いされやすい」との理由で普段は癖のない標準語で話すように周りの環境にうまく溶け込む器用さもある。
そんな姿がまた彼の雰囲気との差でギャップを生んでいた。
仕事中と仕事後のオンオフの切り替えがうまく、オフの時はよく冗談を言うような奴で一年目はよく飲みに行ったっけ。

「グループ一緒やな~久々に一緒にできるんは嬉しいわ」
「だな~よろしく」
「おうおう」

久しぶりに聞いた関西出身の中浦の関西弁が懐かしい。
部署が違う今ではあまり顔を合わせることが無かったがこうして会えたことは素直に嬉しかった。

中浦の横の席に着き、他愛もない話題で盛り上がっていると少しずつ人が入ってきた。
四つでひとまとめになった席が少しずつ埋まりガイダンス予定の五分前にはほとんどの人が集まった。

「あれ高山さん来てなくないか?」
「高山はまだ仕事ちゃうか」
「そうか」

時間になりこちらのグループに一つ席が空いたままガイダンスが始まった。





「……では以上になります。改めて一か月後の六月十四日に一次審査を行うのでよろしくお願いします」

商品開発課の人が研修室を退出してしばらくすると高山さんは現れた。
あの時と変わらない冷たい表情を携えたまま息を切らしていた。
急いできたのだろう。

「すいません。少し遅れました」

「お疲れ高山。とりあえず今ガイダンス終わったとこやわ。あとこれ資料な」

「ありがとう」

「高山さん久しぶり」

「お久しぶりです」

こちらを向く高山さんは俺と目が合っているのに目が合っていないように見えた。人ではないモノを見ている感覚。
相変わらず響かない無表情の彼女にため息が漏れそうだ。
早くも気持ちが沈む。
そんな気持ちとは裏腹に中浦が丁寧な標準語で切り出した。

「とりあえず時計回りで改めて自己紹介しましょうか。まず私から。営業第一課三年目の中浦幸平です。社内コンペというものは初めてなのでよろしくお願いします」

「営業第二課七年目主任の神原芳樹です。最年長になりますがここでは経歴は関係なしで気楽に話し合いたいと思います。よろしくお願いします」

「営業第一課三年目の高山春海です。今回のコンペという貴重な経験を皆様と共にできることが光栄に思います。何卒、未熟な面があるかもしれませんがよろしくお願いします」

「営業第四課二年目の安田涼介です。えっとみんなとしっかり頑張りたいです。よろしくお願いします」

一通り自己紹介を終えると眼鏡をかけたふくよかな体系をした神原主任が話しかけてきた。

「営業四課って鈴木課長のところ?」

「そうですそうです。ある意味有名なところですね……」

自嘲気味に肯定していることを気にすることなく神原主任は話をつづけた。

「てことは前に沢田君もいたとこだよね」

「沢田さんを知ってるんですか?」

「まぁね…」
含みがありそうな姿に違和感を覚える何かあるのだろうか。そんな懐疑心を無視して俺は表向きの本心で話す。

「確かにとてもお世話になった人ですね。その分異動されたことがとてもショックでしたよ。今は経営革新課っていうところ異動したみたいですけどどんなとこなんですか?」

「ん~なんだろうね最近できた部署らしいから僕も詳しいことがわからないんだよね。なんというか、うーん……」

「なんというか?」

途端に歯切れの悪くなった神原主任に違和感を覚え少し踏み込んで聞いてみると周りを見回した後、声を潜めて話し出した。

「社内でもあまり広まってないし俺も主任会議で誰かが言ったことだからあてにはできないことだけどね、いわゆる独立したところみたいって噂はあるね」

「独立……」

「どんな感じで独立はわからないけれどざっくりいうと権限がかなりあるみたい」

「権限……」

「まぁとりあえずはそんな感じってところだよ。できることなら忘れておいて」

目立つ名詞を復唱することしかできない自分に苦笑いして神原主任は先ほどから同じ部署同士でガイダンスの説明をしてる二人の会話の中に入っていった。
神原主任が話し過ぎたかもしれない噂は「忘れておいて」の言葉によって一層信憑性が深まった。
気にすることでもない事なのになぜか引っかかる。
もやもやとする気持ちが半年前に張り付いた笑顔を携えたままの沢田さんが異動した時の気持ちと重なった。

空に覆われた雲を見上げていつ晴れるのかと徒労に待つような気分だった。

「涼介どうする?」

「え?」

「いやこれからの予定よ。リサーチと資料作成と発表とデザイン案よ」

「あぁ割り振りか」

「じゃあリサーチしようかな」

「発表せんの?涼介声でかいし向いてるやろ」

「いや、俺前に出るのは苦手だしさ」

「よく人前に出てるくせに何言うてんの」

「無理無理、社長とか役員とか見るんだろ?緊張するよ」

「しゃあないなぁ…」と中浦が言う前に声を上げる人物がいた。

「私は安田さんがいいと思います」

「高山さん?」

「よく前に出てくる方じゃないですか。だからここは一番適任と思います」

同年代相手にもこのよそよそしい話し方が完全に俺に対して距離を開けてることがひしひしと伝わる。その上「よく前に出る方」というのがなけなしのオブラートを包んでいっているのだろうか要するに『でしゃばり』と言いたいことを邪推してしまい思わずムッとなり反論したくなった。

「前に出てくる方って…」

「要するに適材適所です。私はご存じの通り口下手ですし、中浦さんは人当たりもよくリサーチが向いています。神原主任は形式も流れも把握してらっしゃるでしょうから資料作成がいいでしょう。そうなったら安田さんが発表するのが適任です」

「いや、肝心のデザインは?」

「それは私がします」

「はぁ?」

「できる人がするのが一番でしょう?」

鉄仮面の決め打ちの振り分けにぷつぷつと頭の毛細血管が切れる音が聞こえた。
俺の「大人スイッチ」は既に何度押してみてもバネが駄目になっているみたいだ。

「いや、勝手すぎない?話し合いして決めたらいいじゃん」

「感情的に言われても建設的ではないので何かあるなら安田さんからも提案してください」

鉄仮面のぞんざいで聞く耳も持たなさそうな返事を聞いた瞬間、プツンと一際大きな音が聞こえた気がした。

「あのさ!そもそも発表って皆でするのもいいだろ。一人じゃないとだめってそんなきまりなんてないんだしさ。ていうかデザインが一番肝心なのにそこは私がするって…ちょっとさ、もっと考えたらいいじゃん。いま言った振り分けも根拠あるの?」

「根拠は先ほど言ったとおりです。そして確信を持って言えます」

「はぁ?」

「まぁちょっとまちーや」

思わず立ち上がろうとする俺を中浦が俺の肩に手を掛け制した。

一方では神原主任はまるで謝らない頑固な小学生に同じ目線まで膝を下ろす先生のようにゆっくりとした口調で高山さんに尋ねた。

「今、言ったのも高山さんにとって確信があるってことだよね?」

「はい」

「言いたいことはわかるよ。僕は君たちの誰がどの部分で秀でている部分があるか分からないけれど僕も直感的にはそれがいいのかもしれない。確かに中浦君は他部署の僕でも知っているくらい顔が広いからリサーチにおいては適任かもしれない。そして安田君は僕の担当のお客さん経由で印象的な人物だって言われたのも聞いたことあるよ。しかし二つ問題があるね」

神原主任はピッと右手で二本指をだし丁寧に指の先端をつまみおりながら話をつづけた。

「一つはデザイン。まず高山さんがデザインができることはわからない。
もしかしたら他の人物もできるのかもしれない。
だからこれについて一度保留してみて話しあうのがいいだろうね。そしてもう一つ」

人差し指をつまみ、神原主任は一呼吸置いた。

「皆にその意思があるかだね。本人の意思なしで決定したことはいくら能力があったとしてもパフォーマンス面では期待ができない。これは確信ではなくて僕の主任としての経験談で言えることだからかなり信用できる確信だと思うよ」

目をそらさずに聞く彼女の大きな瞳が徐々に揺れているのが分かった。
そして神原主任は先ほどよりもより優しくゆっくりとした声でこういった。

「建設的な会話は一人では出来ないよ」

そこに鉄仮面の姿はなく一人の女性がいた。
まつ毛の長い綺麗な二重の瞳の視線は徐々にぶれ、目元は赤みを帯び、やがて大きな雫が瞬き始めた。

正直「ほらな!」と言いたくなる気持ちはあった。
けれど、神原主任のように話せなかった自分がいることに情けない気持ちがあり俺は彼女のハンカチをぬぐう姿を見ることはできなかった。

「とりあえず明日改めて話し合いましょう。あと安田君」

部署に戻る支度を済ませこちらの方に話しかける声は先ほどの温厚な雰囲気はなく一人の上司として俺の名前を呼んだ。

「はい……」

「君も感情的になってはだめだよ。客商売をしている以上いくら身内の人間でも一方的な感情論は建設的な会話を台無しにしてしまうからね」

「申し訳ありません……」

「うん、今日のところはお疲れ様。僕はまだ残っている仕事があるから戻るね。あとでグループチャットだけは作ろうか。中浦君これ僕のIDね。じゃあお先に失礼するね」

「わかりました」と中浦がメモを受けとると神原はハンカチを預けたまま研修室を後にした。関西弁のイントネーションを感じさせない中浦の器用さが羨ましい。

中浦がメモを貰ったところで初日の顔合わせは終了した。

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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