【ピリカ文庫】あじさい【ショートショート】
変わり映えのしない灰色の世界。その景色に彩りを添える植物たちは、連日の雨を喜んでいるのだろうか。空から休むことなく落ちてくる雨粒は、僕にはどうにも耐え難い。傘によって生み出された彼女との絶妙な距離。傘に打ち付けられるパラパラッという雨音だけが、僕たちの間に響き渡っていた。
歩道橋から下を見下ろせば、交差点に溢れかえる人と傘。赤、青、ピンク、水色。雨の中、傘がひしめき合うその光景はどこか既視感があった。
「なんか、紫陽花みたいに見えるよな」
沈黙を破るべく、僕の口から飛び出したのはそんな言葉だった。
「え、なんの話?どこに紫陽花なんて…」
「んー。ほら、交差点」
指差す先を見て、彼女は僕の示す言葉の意味を察したらしい。
「私そういうロマンチックなの、意外と好きかも」
彼女はそう言って、ふふっと笑った。
薄いピンク色の傘から笑顔を覗かせる彼女と目が合う。彼女の口から飛び出した恋愛感情とは関係のない「好き」の言葉が、妙に僕の心をかき乱した。思わず、彼女から目を逸らす。
「好き。…ね」
雨の音でかき消されるくらいに小さく、僕はポツリと呟いた。
「何か言った?」
「いいや、何も。それより早く行こうぜ」
彼女に背を向け、歩道橋の終わりの方へと足を進める。降り続く冷たい雨に少し肌寒さを覚えたその時、僕は左側にふわっとした温かさを感じた。
「雨のせいで何言ってるか聞こえないんだもん。傘、入れてよね」
自分の傘を畳み、僕の左腕にピッタリと身体を寄せる彼女。
「…濡れるから、もっとこっち寄って」
恥ずかしそうに下を向く彼女の肩を僕はぐっと抱き寄せた。それから彼女の肩に置いた左手で、ぎこちなく傘を持ち替える。
歩道橋を降りる間、沈黙が僕たちを包んだ。あれ程鳴り響いていた雨の音も今は全く聞こえない。代わりに、今にも破裂しそうなほど脈を打つ心臓の音だけが僕の耳に響いていた。
僕たちは交差点とは反対方向に道を進んだ。
「見て!すごく綺麗!」
ふたつほど角を曲がった先で、見頃を迎えた紫陽花並木がようやく姿を現した。
ふと、至近距離で笑顔を見せる彼女と目が合う。
「…なあ。俺たち付き合わない?」
考えるよりも先に、自然と言葉が口から溢れていた。ほんのり頬を赤らめた彼女が静かに頷く。
降り続く雨の中、咲き乱れる紫陽花たちから隠れるようにこっそりと、僕たちは初めてのキスを交わした。
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