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熊本バンド早天祈祷会~150周年記念~

このためだけに熊本へ!?

もう鮮度がカピカピにひからびてしまったタイミングですが、1月30日にこの早天祈祷会に出席しました。

熊本バンド早天祈祷会の案内。

YMCA職員として、クリスチャンとして、日本のプロテスタントのスタートダッシュの中心にあった熊本バンドを、深く知ってみたいと思ったのです。
これからの日本のキリスト教を突き進むために、まず源流の一つを見に行くのは、とても意味のあることだと確信して、突っ走ってみました。

個人的な旅行は5年ぶりだろうか。そのときは、原付で九州まで行って、雲に覆われた阿蘇を夜中に走ったなぁ…と、いやな思いでを軽く振り返る。

現地では、昨年にいっしょに研修に参加したUさんを頼りました。
そして、朝4時半に合流し、早朝の花岡山へ。
祈祷会の準備のために、熊本YMCAのみなさんとお手伝い。

まさに、「記念」

150周年ということもあり、花岡山山頂が大混雑。200名を超えていたかな
同志社大学、熊本大学の花陵会、ミッション系の高校などの、熊本バンドの結盟を継志していこうという学校のみなさん。熊本の地域教会や、熊本バンドの流れを汲む全国の教会の関係者のみなさん。そして、YMCAのみなさんだ(私はコレ)。

「継志」していこうという意識を強く感じました。しかし、どのような志を受け取るのか、それはそれぞれなのかな?という印象でした。
でも、それがいい。
この花岡山から、日本の近代化、日本のプロテスタントなどが、始まっていった。そこから、熊本バンドの青年たちが全国へ遣わされていった。
ただそれを覚えて、私たちも遣わされたところで励もうということでは、ないでしょうか?
このような「記念」があるからこそ、前進する力を得ているのだと、私はポジティブに受け取りました。

「奉教趣意書」についても、
中身を解釈すれば、「キリスト教めっちゃいいから、伝えていこう。そして、この教えに基づいて、きちんと生活できるようにおれらも励まし合っていこうぜ」というわけです。しょうもない私の意訳です。すみません。
でも、当時の日本の変革期にあった青年たちにとっては、人生をかけたものだったのでしょう。キリスト教に賛同し、伝えていこう、高めあっていこう、という決意の表れ。
これを、現代において受け取るならば、ただ記念するしかない。実践の方法については、それぞれですから。

キリスト教だけではない、洋学校の実学

Uさんの紹介で、3月20日の講演会に登壇の岩井さんにお会いしました。
熊本バンドの流れのことや岩井さんがどうかかわったかというお話はとても貴重でした。でも、一番印象に残ったこと。それは、熊本バンドに最初に影響を与えた熊本洋学校の教師ジェーンズ、彼が影響を与えたのは熊本バンドだけではないということでした。
当時の文化や風習というのもあって、なかなかすぐに町が変わったというわけではないようですが、ジェーンズがもたらした文明は、たしかに当時の日本の文明に影響を与えたようです。その実学という面で、熊本バンド、熊本洋学校の影響というのは、キリスト教的な貢献だけではなく、近代化という面で大きな貢献を成したと評価できるのでした。
そんな気づきもありました。

また、車で町を見て回っているときも、ジェーンズや横井小楠にちなむ場所などもあったりして、熊本の歴史において欠かせない人物だったんだなと思いました。
横井小楠がいたからこそ、洋学校や熊本バンドの青年たちのような流れが生まれる土壌ができたのだと、受け取っています。横井小楠は、また別で。

自分への適応

というわけで、この旅では、熊本がくまもんと加藤清正だけじゃないという学びをたくさんできました。

社会への「影響力」を持つことは、クリスチャンとして重要だと、昨年からチャレンジし続けております。(このnoteもね)
熊本バンドや洋学校のことから、今回もそれを受け取りました。

一連のことで、すこしネガティブな印象としては、「キリスト教の真理とは何か。」ということがあまり見えてこなかったことです。
熊本バンドの青年たちが「真理」と言っているのは、いったいなんなのか追い求めようという声はあまり聞こえなかった。
まぁ、この点で残念がることからも、自分が「福音派」なんだな~と改めて思いつつ、今受け取れるものを、きちんと九州したいと思います。

特別講演会も、行きたかったなぁ…。
と、年度末の忙しさにガッカリしながら、先々月のことを振り返った次第でございました!

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