誰も成功を信じなかった──解散した二人に突然「全米1位」が届いた日
1964年、若きサイモン&ガーファンクルは、デビューアルバム『水曜の朝、午前3時』を発表しました。
しかし、現実は厳しいものでした。
売れた枚数は、わずか3000枚ほど。
二人は夢を諦め、事実上の解散状態になります。
ポール・サイモンは単身イギリスへ渡り、各地の小さなクラブを回りながら、再び一人のミュージシャンとして生きる道を探していました。
一方、アート・ガーファンクルは大学へ戻り、数学の勉強に打ち込みます。後に数学教育学の修士号を取得し、実際に教師として教壇に立つことになるほど、本気で別の人生を歩み始めていました。
誰も、二人の成功を信じていませんでした。
しかし、たった一人だけ、諦めなかった人物がいました。
プロデューサーのトム・ウィルソンです。
彼はアルバムの中の一曲、『サウンド・オブ・サイレンス』に強い可能性を感じていました。
当時、新しい音楽スタイルとしてフォーク・ロックが人気を集め始めていました。
そこでウィルソンは、本人たちに一切知らせることなく、アコースティック版だった『サウンド・オブ・サイレンス』に、エレキギター、ベース、ドラムを重ね録りします。
今なら大問題になりそうな、まさかの無断リミックスでした。
1965年に発売された新バージョンは、静かに人気を広げ、やがて全米チャートを駆け上がります。
そして1966年。
『サウンド・オブ・サイレンス』は、ビルボード1位を獲得したのです。
その知らせを聞いたとき、ポール・サイモンはヨーロッパにいました。
アート・ガーファンクルは、大学生活を送っていました。
すでに終わったはずの二人の物語が、本人たちの知らないところで始まり直していたのです。
こうして再結成したサイモン&ガーファンクルは、その後『スカボロー・フェア』『ミセス・ロビンソン』『明日に架ける橋』など、時代を代表する名曲を次々と生み出していきます。
人生には、自分でも終わったと思った瞬間に、別の誰かが希望を捨てていないことがあります。
『サウンド・オブ・サイレンス』の奇跡は、才能だけでなく、「信じ続けた一人の存在」が運命を変えることを教えてくれるのかもしれません。
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