スチームおじさんアメリカ留学記第2編:大学院編『第2話:課題地獄、終わりなき耐久戦!』~一度でも立ち止まったら、即終わり。限界を超えた心身の耐久戦~
前書き:新天地に足を踏み入れるとき、人は少しだけ夢を見る。
たとえ、それがどれほど過酷な環境であるとわかっていても──
スチームおじさんもまた、
アメリカの大学院に入学したあの日、
不安と、ほんの少しの“期待”を抱いて教室へと向かった。
もしかしたら、あの金髪の美女・ソフィアと同じクラスかもしれない。
隣の席に座って、微笑みかけられるかもしれない。
そんな淡い妄想は、授業開始の瞬間に吹き飛んだ。
APAスタイル、200ページを超えるリーディング、終わらない課題。
ノートを取っても追いつかない英語。
そして、日々のストレスがじわじわと体を蝕んでいく。
眠れない夜。
喉を通らなくなる食事。
禁煙の誓いを破ってまで、ひねり出す自分の居場所。
そして、静かに目を覚ます“奴”。
これは、ただの勉強の話じゃない。
自分の限界と、体と、心と――そして、痔と闘った記録である。
スチームおじさんは、不安と、それをそっと包み隠すような“淡い期待”を胸に、初めての講義に足を踏み入れた。
課題や論文のプレッシャーは重々承知していたが、それでも──いや、だからこそ、ほんの少しだけ夢を見たくなったのかもしれない。
思い返せば、数日前のオリエンテーションで見かけた、あの金髪の美女の存在が、心にひっかかっていた。
整った顔立ち、スラリとした長身、まるでファッション誌からそのまま出てきたようなラトビア出身の留学生。
彼女の名前は、ソフィア。
──もしかしたら、ソフィアと同じクラスかもしれない。
隣の席になって、課題について話しかけられるかもしれない。いや、笑いかけてくれるだけでもいい……そんな、30を過ぎた男の、どうしようもなく甘い予感だった。
だが、現実は容赦なかった。
最初に登録したのは、APAスタイルでの論文作成、プレゼンテーション実践、スライド作成、参考文献の検索と引用方法など、大学院の基礎スキルを詰め込んだ“導入クラス”。
この大学院プログラムでは、修士課程の最終関門として修士論文の提出が義務づけられており、その準備として全員がこのクラスを履修する決まりだった。
学部時代に卒業論文を経験していたスチームおじさんは、「まあ、なんとかなるだろ」と高をくくっていた。
だが、授業が始まった瞬間、その油断は、ソフィアとの幻想ごと、見事に打ち砕かれることになる――。
だが、スチームおじさんの“淡い期待”は、あっけなく打ち砕かれた。
ソフィアはこのクラスにはおらず、同じ時期に開講されていた別のクラスを履修していたのだ。
(もっとも、後に彼女と同じクラスになる機会は訪れるのだが──その時、また違った地獄が待っているとは、この時の彼はまだ知らない。)
この導入クラスには、スチームおじさんのほか、しっかり者のベトナム出身女子・タオ、そしてアフリカから来た裕福な家庭の娘・ノラが参加していた。
タオは現実主義で口は悪いが面倒見が良く、ノラはお金持ちらしい余裕と我の強さを合わせ持つ、“一筋縄ではいかない面々”である。
教材は、一見すると安心感を与える薄さだった。
だが、その安心は罠だった。
授業では毎週、サブテキストのリーディングが課されており、メインと合わせて読み込む量は軽く200ページを超えていた。
しかも、当然のようにすべて英語。さらに言えば、内容のほとんどがAPAスタイルの地獄だった。
こうして、スチームおじさんの“勉強漬けの日々”が幕を開けた。
朝、目が覚めると、まずは軽い朝食を取り、すぐにテキストとにらめっこ。
昼食を済ませて、少し休憩したら、また読み始める。
夕食までのあいだも、ただひたすらに読み続け、ノートを取り、再び読み返す。
食後に一息ついて、シャワーを浴びたあとも、眠りにつく直前までページをめくり続ける──。
ざっと見積もっても、1日10時間超えは当たり前。
講義のない日は、これをほぼ毎日繰り返す。
まるで“自習という名の拷問”。
目は乾き、腰は固まり、ページの文字が視界で踊り始めた頃、ようやく1日が終わる。
読めども、終わらず。進めども、終わらず。
スチームおじさんの心には、じわじわと“疲労”という名の水が染み込んでいくようだった。
そんな過酷な日々の中で、スチームおじさんにとって唯一の息抜きとなっていたのが、“喫煙”だった。
本来、日本ではきっぱりと禁煙していた。
だが、アメリカに来て、尊敬する社会学の恩師――通称「Dr.H」が重度の愛煙家だった。
彼との語らいの時間を共有したくて、スチームおじさんは、つい、1本……また1本……と煙をくもゆらせるようになった。
そうして気づけば、本数はみるみる増えていった。
たばこの火を灯すたびに、
「またやっちまったな」と自嘲する自分と、
「仕方ないよ、これだけ頑張ってるんだ」と許そうとする自分が、煙の中で揺れていた。
こうして増えていったタバコは、もちろん身体にいいはずもなく、
そして──それが“奴”を眠りから呼び覚ましてしまったことは、言うまでもない。
大学院での授業が始まって、1か月半が過ぎようとしていた頃。
スチームおじさんの体は、静かに、しかし確実に悲鳴を上げはじめた。
最初の異変は、“麺”だった。
ラーメンやスパゲッティをすすると、突然、喉が詰まり、嗚咽がこみ上げる。
気のせいかと思っていたが、それは日に日に悪化し、
歯を磨くたびに「オエッ」となり、ついには、普通の食事すら喉を通らなくなる瞬間が出てきた。
食べたいのに食べられない。
栄養は必要なのに、体が拒絶してくる。
頭では「耐えろ」と命令しても、体が「もう無理」と答えてくる──
そんな、心と体がバラバラになっていく感覚が、スチームおじさんをじわじわと追い詰めていった。
嗚咽を避けるために、スチームおじさんが選んだのは、手軽に食べられて、そこそこのカロリーがあり、時間もかからない食事。
――そう、ファーストフードだった。
柔らかいバンズに包まれたパティ、強い塩味と油で誤魔化された感覚。
胃が拒絶しても、口と脳は「これならいける」と錯覚してくれた。
だが、それは同時に、**自分が最も崩れやすい“食の地雷原”**へと足を踏み入れることでもあった。
またしても、スチームおじさんは同じ轍を踏んでしまったのだ。
極度のストレス、不規則な生活、そしてファーストフードとタバコ。
それらがじわじわと積み重なり、ついに――“奴”が目を覚ました。
……そう、奴の名は「痔」。
静かに、しかし確実にその存在感を取り戻し、
イスに座るたび、ズボンを脱ぐたび、ひときわ強く自己主張してくる、あの“下半身の亡霊”。
かつては、ドラッグストアで手に入れた軟膏でおとなしくしていた。
だが、今回は違った。
奴はそれまでの比ではない粘り強さで、スチームおじさんの毎日に絡みついたのだ。
それから奴は、まるで寮のルームメイトのように、日常に居座り続けた。
授業中、プレゼン中、静かな夜――あらゆるタイミングで“そこにいる”ことをアピールしてくる。
まさに、“ケツの重い”修士生活の幕開けであった。
スチームおじさんが通っていた大学院は、1年間で修士号を取得する超圧縮型プログラムだった。
必要な単位数は30クレジット(=10科目×各3クレジット)、そして最後には修士論文の提出が待っている。
だが、1セメスター(約4か月間)に履修できるのは最大4科目までと決まっており、つまり10科目を終わらせるには、通常の2セメスターだけでは足りないということになる。
大学生にとって、夏といえば最大の楽しみ──それは「夏休み」である。
海、バーベキュー、帰省、旅行、恋……そして何もしない贅沢な時間。
だが、スチームおじさんにそんな“青春のテンプレ”は、存在しなかった。
彼が選んだのは、サマークラス。
2か月間で2科目を履修するという、暑さと過密とストレスのトリプルコンボ。
理由は明確だった。
「早く卒業したい」――それだけ。
少しでも早く、少しでも軽く、この“肛門に重りをつけた修士生活”を終わらせたかったのだ。
そんな彼の決断を、どこか見透かすように、クラスメートのタオも同じクラスに登録していた。
「やるなら早く終わらせたい派なの、あたし」
そう言って、そっけなく笑った彼女の後ろ姿に、少しだけ救われた気がした。
こうして、スチームおじさんの“夏という名の強化月間”が、静かに幕を開けた。
後書き:読み終えてくれて、ありがとう。
地獄って、別にどこか遠くにあるんじゃなくて、
毎日少しずつ、自分の中に積もっていくものなんだなって思う。
やらなきゃいけないことが終わらない。
やっても報われない。
自分は頑張ってるのに、体が言うことを聞かなくなる。
嗚咽しながらファストフードをかきこみ、
タバコに逃げて、
そして、あの“ケツの亡霊”に取り憑かれる。
それでもやめなかったのは、
どこかで「越えた先に何かある」と信じたかったから。
学ぶって、戦いだ。
自分と、環境と、時には“尻”と戦うことでもある。
そして、笑って話せるまで耐え抜けたなら、
それはもう、立派な“物語”になるんだと思う。
次回、第3話では――
スチームおじさんの大学院生活に、ついにあの仲間たちが集い始めます。
地獄の中に現れた“勇者たち”との出会いを、どうぞお楽しみに。
次回、『第3話:伏魔殿に集う、勇者たち』を乞うご期待下さい。
スチームおじさんシリーズは、全3部構成となっております。
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