パリ・美術館巡り③ルーブル美術館
ルーブル美術館を初めて訪れた時、「王宮を美術館にしている」ということが私にとってはいちばんの衝撃であり、感動だった記憶がある。芸術作品とは「至宝」なのだと実感する。20年ほど前にパリに住んでいた頃は、ここも雨の日、寒い時、子供と時間を潰すときには絶好の場所だった。「至宝」に囲まれた天井の高い広い廊下では小学生たちのグループが座って絵を指さして自分の発見を嬉々として言い合う。「至宝」の前にはイーゼルが置かれ、巨匠の名作に今を生きる色が乗ったカンバスが据えられていた。当時の日本の美術館、美術展にはない光景が広がっていた。
さて、時を経て、ルーブル美術館は予約が必要となり、入館料も高くなり、「グラン・ギャラリー」は多くの人で混み合う。今回のルーブル訪問では、「グラン・ギャラリー」の名作たちは後回しにして、美術を学んで改めて観たくなった作品から訪れることにした。
今回のスタートは、ドノン翼にあるヤン・ファン・エイクの《宰相ロダンの聖母》と決めていた。1435年頃の作品、北方ルネサンスの初期フランドル派となる。

2023年に娘のアントワープ留学の際に、ベルギーを巡り北方ルネサンス、初期フランドル派の美しさを堪能した。ロベール・カンピン、ヤン・ファン・エイク、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン、ハンス・メムリンク、ヒエロニムス・ボス。何が私を惹きつけるのかまだ解明できていないが、細密さと陰翳に心が囚われる。繊細に重ねられた油彩の技法で陰を抱えた光が再現される。そして信仰が象徴となって画面に散りばめられる。まさに「聖母」を彩る玉石のように。
以前の鑑賞よりも修復を終えた姿はまさに「至宝」である。ルーブル美術館は言うまでもなく、至宝の館なのだが。
そして、「至宝」の中で今回私を魅了したのはレオナルド・ダヴインチ《洗礼者聖ヨハネ》だった。来館者は《モナリザ》の入り口に吸い寄せられてしまうのか、なぜか鑑賞する人がいなかったのだが。

ダヴインチ最晩年の作品は言うまでもなく美しい。闇に浮かび上がる、バッカスを彷彿させる妖艶な微笑。人差し指に惹きつけられていく。この作品こそ、実物を目の前にして、それが纏うオーラに酔わされる。
ルーブルの「至宝」を語り尽くせず、写真の数も果てしないので、またいつかここで時間を見つけて語ろうかと思う。この回の最後は初めて来た時から気になっていた作品。こちらもダヴインチ最晩年の作品とされる《聖アンナと聖母子》。清廉な美しさを纏う。人物の視線、身体の線、それぞれが呼応するフォルムを追って、絵の前から離れられなくなる。

ルーブル美術館に住みたい。
《サモトラケのニケ》の風を感じにまた行こう。
