アザラシと魔女と 43話―壊れたまま愛していた 共依存の恋―
第四十三章:私も懐いたから
その時、飼い猫のチョコがひょいっと隆平さんの前を横切った。
「わっ、この子が、いつも話題に出てくるチョコちゃんか!」
隆平さんが嬉しそうに身をかがめて、そっと手を差し出す。
だけど、来客慣れしていないチョコはすぐにテーブルの下に逃げ込んでしまった。
「ごめんね、知らない人はちょっと苦手で…」
と私が苦笑いすると隆平さんは
「大丈夫だよ」
と優しく笑った。
私は近くにあった猫じゃらしを手に取り、隆平さんに差し出す。
彼はそれを受け取り、楽しそうに振りながらチョコを誘った。
猫じゃらしの先をじっと見つめて、少しずつチョコが姿を現す。
その様子があまりに微笑ましくて、心の奥までじんわりと温かくなった。
紅茶をテーブルに置きながら、私はふと思いついて言ってみた。
「ねえ…私の、今までのアルバム見る?」
隆平さんは顔を上げて、柔らかく微笑んだ。
「うん、見たい。桜のこと、もっと知りたいから」
そんな言葉が、まるで愛撫みたいに胸に触れた。
この人なら、きっと――全部見せても壊れない。
心のどこかでそう確信した私は、過去に手を伸ばした。
そこにいるのは、幼い頃の私、そしてキャバ嬢として働いていた頃の――
まだ、自分の足でヒールを履いて立っていた頃の私。
「…こんなの見せても引かない?」
そう言いながらページを開くと、煌びやかなドレスに身を包んだ私が、笑っていた。
カメラ目線で、強がるように、どこか寂しげに。
隆平さんはその写真を一枚一枚、丁寧に見ていく。
「綺麗だね」
そう呟いた声は、驚くほどまっすぐで優しかった。
「この頃は…ほんとは全然楽しくなかった」
思わず言葉がこぼれた。
「でも笑ってなきゃダメだったし、強くなきゃいけなかったから…」
指先でドレスの写真をなぞる。過去の自分を抱きしめるように。
「……頑張ってたんだね」
隆平さんが、そっと言った。
私の胸の奥で、何かがほどけるような気がした。
「今はもう、あんなふうには立てないけど…」
「でも今のほうが、ずっと素敵だと思う」
その言葉は、心の深い場所に真っ直ぐに刺さった。
チョコが、少しだけ警戒を解いたようにテーブルの下から顔を出し、ゆっくりと私たちの足元を歩く。
私たちは微笑み合って、あたたかい紅茶を一緒にすする。
過去の私も、今の私も。
すべてを見せて、すべてを抱きしめてほしかった。
そして今ようやく――その願いが、叶いそうな気がしていた。
チョコはすっかり警戒心を解いて、隆平さんの膝に前足をかけて甘えはじめた。
彼は少しくすぐったそうに笑いながら、そっとチョコの頭を撫でる。
「動物って、優しい人が分かるんだよ」
私がそう言うと、隆平さんは照れくさそうに首をかしげた。
「え?そうかな?」
私は小さく笑って言った。
「うん…私も懐いたでしょ、わりとすぐに」
彼は目を細めて私を見つめると、ふっと笑った。
「確かにね。あっという間だった」
その笑顔があまりにも優しくて、胸の奥が熱くなる。
まるで、ふたりと一匹の小さな家族みたいな、そんな時間だった――ほんの少しだけ、未来を信じたくなるような。
