100円あったら、何しよう?

はじめまして!しらすです🐟
今回は、「参加すると絶対に100円が貰える企画」
に、ちなんで100円の話をします✌️
どんな話かと言うと、


これまでのわたしの人生で1番重たい「100円」


そんな話です。



1番重たいあの時の「100円」


小学生のとき、はじめて
「お金を自分の意思で手にした」瞬間がありました。

それは、お年玉でも、お手伝いのご褒美でもない。

祖母の財布から盗った、
たった一枚の100円玉でした。


——ねえ、覚えててますか?

自分の手で初めてお金を握ったときのこと。


多くの人にとっては、きっと、もっと、
優しい記憶なんでしょう。

駄菓子屋で好きなお菓子を買ったとか、

お手伝いのあとに親から渡された小銭とか、

「ありがとう」の代わりに手のひらに載った、
小さな硬貨。


でも、私の最初はちがった。


言葉にするのが怖い。
書いていて、心の奥がズキッとする。

心だけじゃない、
動悸がして、耳の奥がざわざわと騒がしい。
血の気が顔に集まってきて、息がしづらい。

ずっと胸の奥にしまっていたことだった。

でも、こんな時じゃないとちゃんと向き合えない、
誰にも言わなかった私の秘密。


当時7歳くらいかな?
あのときの私は、
まだ“お金”というものに執着なんて持っていなかった。

むしろ、それまでの人生で、「欲しい」と思ったことさえなかったかもしれない。

お小遣いなんてなかったけど、
それが当たり前だったし、
誰かに「これが欲しい」と言う発想そのものが、
私の中にはなかった。


でも、あの日だけが——特別だった。

その日だけは、ちがった。


なぜなのか、今でも説明できません。
ただ、
すべての条件がそろってしまった「最悪の1日」ってだけなんだと思います。



——欲が芽生えた。


——欲を満たせる手段が目の前にあった。


——誰にもバレない気がした。


たったそれだけの偶然が重なった結果、
私は人生で一度だけ、盗みという行動を選びました。


本当に、あの日だけだった。


だからこそ、私の中であの100円玉は、

どんなお札よりも、どんな高価なアクセサリーよりも重たい記憶として、ずっと、ずっと残っています。


思い出すのは、あの夜の静かさ。
みんなが寝た後の家の空気、冷えた床、心臓の音。
ポケットの中の100円玉が
妙に体温を持っていた気がして、
何度も手を入れては、また出して、
握りしめては開いた。

あれが、私の「#はじめてのお金」。



私以外、誰も悪くないんだなぁ


あの夜、母は夜勤で家にいなかった。
病院に勤めていたから、
月に何度かそういう夜があった。

そんな日に私の面倒を見てくれていたのは、
おじいちゃんとおばあちゃん

一緒に夕ごはんを食べて、
テレビを見て、歯を磨いて、

「おやすみ」と言って、それぞれの寝室へ。

私は祖父母とは別の部屋で、ひとりで寝ていた。


たぶん、あの日は本当に、
特別なことなんて何もなかった。

ただ、いつもの夜だった。
だけど私は、眠れなかった。


部屋の電気を消しても、布団に入って目を閉じても、
頭の中に浮かぶのは、祖母の財布のことだった。


リビングにある、いつも使ってるテーブル。
端っこには祖母専用の座布団があって、
その隣にいつも置かれていた、化粧ポーチ、
小さな鏡、目薬、そして財布。


ずっと一緒にいたから、どこに何があるか、
全部知っていた。

どこに行けば、何が手に入るのか。

どうすれば、音を立てずに戻れるか。

全部、わかっていた。


なにか欲しいものがあったかと聞かれると、
正直よく思い出せない。
「あれが欲しい」「これが欲しい」と明確に思っていたわけじゃなかった。
お菓子でも、文房具でも、おもちゃでもない。

欲しかったのは——お金、それ自体だったんだと思う。


今なら、なんとなくわかる。

私はたぶん、
「お金を持っている子」になりたかった。


ランドセルの中から、財布が出てくる子。
駄菓子屋で好きなものを選べる子。
お金を持っていることで、
“自分で選べる自由”を持っている子。


その自由が、私にはずっとなかった。

それを「仕方ない」と
思い込んで我慢してきたけれど、

あの夜だけは、
どうしても見て見ぬふりができなかった。


眠れないまま、こっそり部屋を抜け出して、
電気の消えたリビングに向かった。

足音を立てないように、
呼吸を殺すようにして歩いた。

祖母の座布団の横。
見慣れた財布が、そこにあった。


私は、そっと手を伸ばした。



財布の中には、
お札も小銭もきちんと整理されて入っていた。
その中から、私は迷わず100円玉を選んだ。

1番枚数が多くて、目立たなくて、
なくなっても気づかれなさそうな額。


ポケットに入れた瞬間、
心臓がバクバクと暴れだした。

鼓動がうるさすぎて、自分の呼吸の音もかき消された気がした。
体中が熱くなって、でも指先だけは妙に冷たくて、
罪悪感と興奮が同時に押し寄せてきて、足が震えた。


何を買うつもりだったんだろう。
何か欲しいものがあったはず、
そう思いたくなるけど、全部違う。

私はただ、「お金を持っている私」
になりたかっただけ。

握っているこの100円が、
“持っている証明”みたいに思えた。

でも、重かった。
とにかく重たかった。


部屋に戻っても、布団に入っても、
ポケットの中の100円の存在が気になって、
眠れなかった。

何度も取り出しては眺めて、またしまって、

枕の下に隠してみたり、
手の中にぎゅっと握ってみたり。

でも、どうやっても心は落ち着かなかった。


「見つかったらどうしよう」という怖さじゃない。

「やってしまった」っていう、
得体の知れない自己嫌悪だった。

自分の中で、なにか大切な“線”を越えてしまった感じ。

たった一度、たった100円、
でも、それだけで、
私は自分が変わってしまったような気がした。


夜が深くなるほどに、心はどんどん沈んでいった。
胸の奥が苦しくて、眠るどころじゃなかった。
喉が乾いているのに、
水を飲みに行くことさえできなかった。


そして、誰にも気づかれないように、

私はそっと立ち上がって、
もう一度リビングに向かった。


さっきと同じように、祖母の財布へ。
震える手で100円を戻すとき、
まるで“ごめんなさい”の気持ちごと押し込むように、
ゆっくりとファスナーを閉めた。


部屋に戻ったあとも、眠れなかった。


あの100円は、もう手元にないのに、
罪悪感だけが、いつまでもそこに残っていた。



自覚した罪悪感

翌朝、何もなかったかのように時間は流れていった。

祖母はいつものように私を起こし、
朝ごはんを出してくれて、
「学校遅刻しないように」って笑ってた。


財布のことには、何ひとつ触れなかった。

それがすごく怖かった。


本当に気づいていなかったのかもしれない。

100円なんて、小さな変化だったのかもしれない。

でも、私は確かに——“あの視線”を感じた。


いつもの朝食のあと、ふとした瞬間に目が合った。

目をそらしたのは私のほうだったけど、

祖母のまなざしには、どこか静かな深さがあった。


問い詰めるでもなく、怒るでもなく、

ただ、私の中に何かがあることを、
全部見透かしているような——

そんな目。


それは、優しさだったのか。

それとも、黙って見逃すことの厳しさだったのか。

今でも、よくわからない。


ただその日から、私は祖母の目をまっすぐ見るのが
少しだけ怖くなった。

そしてもう二度と、
財布に手を伸ばすことはなかった。


あのときの100円は、確かに戻した。

でも、
それで全部“なかったこと”になるわけじゃなかった。


むしろ——

戻したことで、私は「ちゃんと盗んだ」ことを
実感したんだと思う。



あれからのわたし


あれから、ずっと——

なぜか私は、それまでとは
うってかわってお金に囚われるようになった。


「なくなるのが怖い」

「足りないのが恥ずかしい」

「持っていない自分が、みじめだ」


そんな気持ちを隠すのに、
どれだけの時間を使ってきたか分からない。


お金がすべてじゃないって、頭ではわかってる。

でも、手の中にお金がないときの不安とか、
財布の中を覗いた瞬間の無力感とか、

そういうものに、私はとても敏感になってしまった。


あの夜から、なにかが歪んだ気がする。

ほんのちょっとのはずだったのに、

人生の奥底にまで、じわじわと染み込んできた。


執着は、大人になればなるほど

どんどん、どんどん、育っていった。

いくらあっても足りないし、
いくら使っても満足出来ない。
お金は、気づけば常に頭の片隅にあった。

「もっと欲しい」「足りない」「奪われたくない」

そうやって、時間があればバイトを増やして、
将来とか勉強とか、そんなものよりも「今すぐ」のお金にしがみついてた。

自分の価値=手元にあるお金の量。

そんなふうに思ってた。


でも、意外なことに人から取ろうって、
誰かから奪おうって考えにはならなかった。

あの夜からきっと、
いろんなところがおかしくなってしまったのに、
そこだけはなぜか最後まで壊れなかった。

私の中にも切れ端ほどの倫理観が残っている。

それが少し、不思議だ。


でも、ふと立ち止まる。


「それって本当に、“倫理観”なんだろうか?」


それが「倫理」なのか、

それとも、あの夜の罪を忘れないための“懺悔”なのか。

たぶん、今の私にはわからない。


自分の中で正しいと思い込んでるだけで、

実はただ、あの夜の罪悪感を塗りつぶすために、

極端な線を引いてるだけなんじゃないか。


お金は“ありがとう”の証だって、
対価だって大人たちはよく言う。

でも私にとっての「はじめてのお金」は、

“ごめんなさい”でいっぱいだった。


——だからこそ、忘れられない。

たった100円だったのに。

あれは、私の人生でいちばん、重たくて、
忘れられないお金だった。


あの夜の100円は、戻したけど、

罪悪感だけは、まだ返しきれてない気がする。


だから私は、今もお金に向き合い続けてる。

あの重さを忘れないからこそ——

誰からも奪わずに、
誰かの“ありがとう”で生きていけるように



と、いうことで

わたしにとっての「はじめてのお金」でした!

これまで目を逸らしてきたことと、向き合うきっかけを下さったこの⬇企画

と「無職」さん、「瀬戸内note研究所」さんのおふたりに大感謝です。

というかこれがお二人の想定する
#はじめてのお金
に入るのか正直自分でもよく分かりませんが、
何卒よろしくお願いします🙇‍♀️



ここまで読んでくれた方、

ほんとにありがとうございます!

コメントやスキ、もらえたらとても励みになります。

自分語り、長々と失礼しました!


またいつか!


#はじめてのお金

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