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⸻「家族間の問題」と言った、その先に何があったのだろうか。⸻「家族間の問題」とされた、その先にか。⸻462日

私は、この事件を振り返るたびに、一つの疑問を持つ。

裁判所は、この問題を

「家族間の問題」

として整理した。

その整理が、当時の事実関係に照らして適切であったのかについては、なお疑問が残る。

ただ、ここではその判断自体の当否だけを論じたいわけではない。

家族の財産や相続については、まず家族の中で整理されるべき場面もあるだろう。

しかし、

私は、その後の経過を見て疑問を抱くようになった。

もし本当に家族間の問題なのであれば、

なぜ家族は本人と話すことができなかったのだろうか。

なぜ本人の意思を確認することができなかったのだろうか。

なぜ第三者だけが窓口となり、

家族は財産管理の経緯を知ることができなかったのだろうか。

「家族間の問題」

という整理は、

事件を終わらせる言葉ではない。

むしろ、

その整理をした以上、

家族の中で本人の意思を確認し、

財産管理の経緯を整理し、

必要な説明を尽くすことが求められるのではないだろうか。

ところが、

その整理が十分に行われないまま時間が経過すれば、

新たな疑問が生まれる。

本人の意思は誰が確認していたのか。

財産は誰が管理していたのか。

その管理は、どのような権限と経緯に基づいて行われていたのか。

そして現在、

家族との調整については、四男が一つの仲介窓口となっている。

私は当初、

家族の一人が間に入り、

本人の状況を確認し、

家族間で必要な情報を共有できるのであれば、

そこから問題を整理することもできるのではないかと考えていた。

しかし、8月7日以降、四男を介した家族内の情報共有の中で聞こえてきたのは、必ずしも問題が整理されていることを示す話ばかりではなかった。

長男について、

「言っていることがころころ変わる」

という趣旨の話が出る。

さらに、

交際している女性との関係についても、

『恋人に通帳を取られて返してくれない』

との趣旨の話が家族内で出たが、情報源・本人の直接発言かは未確認

私は、

これらの発言だけから何かを断定しようとは思わない。

実際に誰が通帳を管理しているのか。

どのような権限に基づいて管理しているのか。

本人がどのような意思を示しているのか。

それらは、本来確認されるべき事実だからである。

しかし、

だからこそ私は、逆の疑問を持つようになった。

ここまで来ても、この問題を単純な「家族間の問題」として処理することができるのだろうか。

本人との直接の意思確認が難しい。

財産管理について紛争がある。

家族の仲介者からも、

本人の説明が変化するという趣旨の話が出ている。

さらに、

家族ではない第三者について、

本人の通帳を返してくれないという趣旨の情報まで家族内で出ている。

もっとも、その情報源や本人自身の発言であるかについては、現時点では確認できていない。

もしこれらについて事実確認が必要なのであれば、

問題はもはや、

家族同士が話し合えばそれだけで解決するという段階を超えているのではないだろうか。

本人の意思確認。

本人の判断能力。

財産管理の権限。

通帳等の管理状況。

第三者の関与。

家族との連絡体制。

そして、

必要であれば本人を独立して保護するための制度。

それぞれを分けて確認しなければ、

全体像そのものを把握することが難しくなっているように思う。

私は養子という立場にある。

しかし、

ここまで複数の問題が重なった状態になれば、

一人の親族が、その身分関係だけを根拠として解決できる問題ではない。

むしろ、

「家族なのだから家族で解決すればよい」

という発想だけでは、

本人の意思確認と本人保護、

財産管理と財産上の利害関係、

家族関係と第三者の関与という、

性質の異なる問題を一つに押し込めてしまうことになる。

私は、

「家族間の問題」という言葉そのものを問題にしたいのではない。

問題にしたいのは、

その整理をした以上、制度は最後までその整理に責任を持っていたのか。

という点である。

そして現在では、

さらにその先の問いが生じている。

家族間だけでは事実関係そのものを確認できなくなったとき、誰が本人の意思を確認し、誰が財産管理の適法性や権限を確認し、誰が本人を保護するのか。

ここには、

一つの制度だけでは処理できない問題がある。

民事上の財産紛争として何を確認するのか。

家族関係の中で何を調整するのか。

本人の判断能力に問題がある可能性があるなら、本人保護制度をどう考えるのか。

医療機関では、本人との連絡や面会について誰を窓口とするのか。

第三者が財産管理に関与しているのであれば、その権限をどのように確認するのか。

それぞれ別の制度領域に見える。

しかし、

対象となっている本人は一人であり、財産も、意思も、生活も分離して存在しているわけではない。

だからこそ、

それぞれの制度が自分の担当部分だけを見て、

残りを「家族間の問題」として返してしまえば、

最後には、

全体を確認する主体が誰もいなくなる。

私は、

この事件が複雑になった理由は、

「家族間の問題」という整理そのものだけにあるとは考えていない。

本人との意思確認、

財産管理、

第三者の関与、

家族間の調整、

医療上の連絡体制、

そして本人保護。

本来は一人の本人を中心としてつながっているこれらの問題が、

制度上はそれぞれ別の問題として扱われ、

その境界部分について誰が確認するのかが見えなくなってしまった。

そこに、この事件の制度構造上の難しさがあるのではないか。

私は今、

そう考えている。



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