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すでに壊れていた社会と、「壊す」と言われた私──145日
昔、学生の頃私はこう言われたことがある。
「おまえの主張は社会を壊すものだ」と。
だが、その言葉はどこか滑稽に響いていた。
なぜなら──私が目の前に見ていたのは、
すでに「国民主権」という土台が壊れてしまった社会だったからだ。
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形式としての“国民主権”
この国では、建前として「国民主権」が存在していることになっている。
だが実際は、利権構造に食われ、国民の声が制度に届かない仕組みが続いている。
形式だけの“国民主権”は、ただの看板でしかない。
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「壊す」のではなく「可視化する」
そうした現実を前に、私がしたことは壊すことではない。
むしろ逆だ。
すでに崩れていることを可視化し、
そこから「どう再構築するか」を示しただけにすぎない。
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リビルドの視点
社会を壊すのではなく、
“壊れていた社会”をリビルドする。
その視点に立てば、言葉の意味は逆転する。
「壊す」という非難の裏で、
本当に壊しているのは誰なのか。
そして、再構築を試みているのは誰なのか。
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結び
制度が沈黙し続け、国民主権の形骸化が進む社会で、
「壊す」と言われたその瞬間こそ、
本当の問題が浮かび上がる。
私は壊してなどいない。
壊れていたことを告げ、再び立ち上げようとしているだけだ。
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