Photo by
hashizo_photos
⸻名義は、人を支配する道具になっていないか。⸻448日
制度は、人を支配するためにあるのだろうか。
私は最近、一つの疑問を持つようになった。
現代に奴隷制度は存在しない。
少なくとも、法律の上ではそうである。
しかし、
制度は本当に人を自由にしているのだろうか。
もちろん、
私は人身売買のような意味で「奴隷」という言葉を使っているのではない。
私が考えているのは、
「制度による支配」
という問題である。
名義がある。
その一つの形式によって、
* 家族が排除される。
* 長年管理してきた実態が見えなくなる。
* 財産の経緯よりも、形式だけが優先される。
もし、そのような運用が常態化するのであれば、
制度は本来、人を守るために存在するにもかかわらず、
人が制度に合わせることを求められる場面が増えてしまうのではないだろうか。
私は、名義制度そのものを否定したいわけではない。
取引の安全には必要であり、
社会を支える重要な仕組みでもある。
しかし、
制度が守ろうとしているのは、
名義なのか。
それとも、
その背後にある人の生活や実態なのか。
制度は、人を守るために存在する。
だからこそ、
形式と実態が食い違ったとき、
制度が最後に守るべきものは何なのか。
私は、
その問いこそが、
現代の制度に最も必要な問いではないかと思う。
