「お節介」は世界を救うのか?    本屋大賞受賞作『カフネ』が暴く、私たちの「傲慢」

📖本のレビュー
『カフネ』(阿部 暁子)★★★★☆

意固地と意固地がぶつかり合う、拗らせた大人たちの相棒譚。
「お節介は世界を救うのか?」
そんな問いを胸に抱えながらページをめくる時間は、正直、少し面倒くさくて、けれどどうしようもなく愛おしい。

弟の突然の死と、現れた「冷ややかな元恋人」

物語は、一本の電話から静かに動き出す。
主人公・薫子のもとに届いた、二十九歳の誕生日を祝ったばかりの弟・春彦の突然の死。
離婚届の白さがまだ生々しく残る部屋で、彼女は立ち尽くすしかなかった。

そこに遅れて現れたのが、遺言に名のあった弟の元恋人、小野寺せつなだ。
謝罪もなく、淡々と死因だけを確認する彼女の冷ややかな態度に、薫子の胸の奥で何かが軋む。怒りが限界を迎え、冷えた瞬間に、視界は暗転した。

目覚めた薫子を待っていたのは、部屋を満たす温かな匂い

せつなが作った、不器用で、けれど確かな料理の匂い。
荒れた生活の中でいつの間にか失われていた「誰かが自分のために用意してくれた食事」という感覚が、薫子の内側を静かに、けれど深く揺さぶっていく。
だが、この物語はそこから安易な「癒やし」へと逃げたりはしない。

薫子もせつなも、自己主張が強く、距離の取り方が壊滅的に不器用な“拗らせ女子”だ。
好かれようともしない二人が、家事代行サービス「カフネ」としてコンビを組む。その時点で、摩擦が起きないはずがなかった。

「髪に指を通す」という名の、痛みをあぶり出す装置

カフネとは、決して甘やかな優しさの象徴ではない。
ポルトガル語で“愛する人の髪に指を通す仕草”を意味する「カフネ」。
触れられたくない痛みの形をあぶり出し、その痛みに立ち会う覚悟を促す装置だ。

二人が無料家事代行で訪れる家庭の窮状は、現実の痛みにあまりにも近い。家族であっても他人であり、理解しているつもりで実は何も知らない。
外側はどれほど綺麗に整っていても、内側には決して触れられたくない領域が深く沈んでいる。
家事代行という仕事は、単に生活を整えるだけでなく、沈んだ心の形を映す“鏡”として機能していく。

後半、春彦の死の真相が明らかになるにつれ、物語は静かな緊張感を帯びていく。味覚障害、偽装恋人、家族への配慮、そしてせつなが密かに抱えていた病。
劇的な設定が重なるにもかかわらず、物語がチープなドラマに消費されないのはなぜだろう。

それは作者が、それらを単なるイベントではなく、彼女たちが「言わないまま積み重ねてきた本音」の結果として、丁寧に提示しているからだ。
恐る恐る距離を縮めていく二人の姿の向こうに、人間関係の冷徹な事実が浮かび上がる。

思いを伝えることを惜しみ、逃げ続けた結果として、私たちは不和も齟齬も生み出してしまう。
分かったつもりでいた関係ほど、実は何も見えていなかったのだ。

最後に訪れる平穏は、決して奇跡のような優しさではない。

「お節介だ」と自嘲しながらも、相手から逃げずに泥臭く向き合い、傷だらけになった末にようやく手にした、嵐の後のような静けさだ。

寄り添うとは、痛みから目をそらさない覚悟だ。

本を閉じ、静寂が戻った部屋で、読者は静かに自問することになる。

――私は本当に、身近な誰かのことを、理解しているのだろうか、と。

読む前は「カフネって、どういう意味だろう?」と首を傾げていた。
けれど読後のいま、私の胸の奥の「カフネ」が静かに疼き続けている。

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