♪創作大賞参加4000文字小説 【コ・ィ・バ・ナ・デビュー】
1. と・ま・ど・い
一気に級友たちとの距離感が縮まった気がして、物凄く嬉しく感じたのも束の間。
そこから時間の経過とともに、今度は説明のつかない不安感が大きくなるばかり。
「そっかあ……エミは三木君かァ……ガンバらなきゃね」
リーダー格のカオリの、興味津々の激励の『興味津々』の真意が読み取れず、この場面でも立ち往生。
頬を赤らめ口先を尖らせ、ただ俯くばかり。
小学6年生春の修学旅行、就寝前の女子児童の各部屋は、サッカーやゲームの話題一辺倒の男子とは違い、全室共通でこれ一色。
コ・イ・バ・ナ
学年屈指の人気を誇る三木君は、主役の座を独占の超売れっ子。
当然のごとく全室で、フル出演状態。
ところが第二次性徴期後続部隊男子の当人は、そんなことなど露知らず。
ふざけて演じたボレーシュートの体勢のまま、引力に逆らえず片膝の皿を床に激しく打ちつけ、七転八倒の悶絶状態。
ひょうきん野郎として男子仲間の笑いを誘っていた。
2. 不可( )だらけ
勉強も運動も体格も学年一謙虚で、新入学以来クラスメートの輪の中に上手く溶け込めぬまま、気づけば最上級生。
それでも頑張って、休まず通学を続けていたエミ。
そんな彼女の両親もまた、揃って同じような子ども時代をすごしていたらしく。
担任教師や保護者仲間からの助言が、悪意なく理解できないようだった。
先祖代々婿養子を迎え入れることで世襲を続ける、代々女系家族の小さな寺院がエミの生家。
寺は絶やせぬとの大人たちの事情と判断から、エミの母親はある意味特殊な環境下、第三者の目には過剰と映る純粋培養。
アルバイトも男女交際の経験もないまま、跡取り娘として齢を数えることに。
自分に与えられた世界は、生家の寺院の敷地内と、両親に伴われての外出だけ。
近場へも基本タクシーだから、切符の買い方もわからない。
お会計は両親任せだから、預貯金の入出金どころか、物価もわからない。
テレビが伝える外の世界の情報も、俗世間を知らないから、そこから先に考えが及ばない。
わかんないや。
めんどくさい。
もういいや。
いつしか数十の季節が通りすぎ、数十回目の縁談話が唐突気味に進展の兆しを見せたのは、彼女が34歳の春のことだった。
「こっちは構わないよ」
婿養子候補のこの一言が間接的に伝えられた時には、挙式の日取りまでが整えられつつあった。
遠く離れた地方都市の大きな寺院の三男坊と、挙式当日までに直接顔を合わせたのは、わずか2回だけだった。
3. 芽生え始めた疑問
「どうしてヨウコちゃんのお父さんは、お参りに行かないの?」
「どうしてアユミちゃんのお家はあんなに広いのに、本堂やお墓が無いの?」
幼稚園入園を境に一気に目と耳に飛び込み始めた、お寺の外の世界の真新しい情報の数々。
そんな日々の不思議を訊ねてみるも、回答に値する言葉すら持ち合わせていない両親は、逃げ腰一辺倒。
遠い日に外の世界から嫁いできた祖母は、
「ウチはお寺だからお金はあるのよ。仕方ないのよ」
お約束の台詞を繰り返すばかり。
わかんないや。
めんどくさい。
もういいや。
自ずと浮世離れした言動が目立つエミは、
「ある意味可哀想な、変わった子」
授業にも仲間の話題にもついてゆけず、次第に自身の気配を消すかのように息を潜める、無表情な少女へと。
こうしたエミの学校生活を案じ、担任教師が家庭訪問を重ねるも、一向に話が噛み合わぬまま。
「せめて小学校卒業までには漢字で名前が書けるように、四則演算ができるようにしてください、って言われたの」
「勉強を教えるのは学校の役目なのに、親に責任転嫁されても困るがな」
「だけど私も子どもの頃も、エミと一緒……そんなだったわ」
「知らんがな」
この場面に限らず、基本この調子だった。
この招かざる現状に、住職すなわちエミの祖父は、ストレスと酒量を増やし続ける悪循環へと。
「このアホ珍念が!この寺だけでなく、ワシの孫娘までダメにするつもりか!?」
大好きなおじいちゃんの怒声が響き渡ったあの日の光景は、当時3歳だったエミにとって、今も忘れられない記憶。
脱兎の如くその場を離れた、おばあちゃんとお母さんの背中。
我関せずの仕草の中、一瞬面倒臭そうな表情を浮かべた父親。
床の上にぽつんと残され、得体の知れない恐怖感に怯えるばかりだった、長く長く感じられた時間。
この出来事からわずか数週間後、エミの祖父は救急搬送され、そのまま帰らぬ人に。
「お寺だから関係ないだろ。面倒だし」
急遽繰り上げ住職となった父親のこの一言で、どれだけ良い子にしていたとしても、サンタさんからのプレゼントは届かなかった。
運動会など保護者参加の学校行事も、
「行くのがしんどいし、興味ないし」
母親と祖母を送り出した後は、自室のパソコンの前で通信販売の注文と動画鑑賞に勤しむばかり。
めんどくさい。
しんどい。
知らんがな。
交友関係を広げるでもなく、昼寝もしくは長時間食卓前に陣取っての独り晩酌経由の居眠り。
わずかでも体調不良を覚えれば、檀家へのお参りを即キャンセル。
近所の町医者へ足を運び、両手一杯の処方箋の手土産を携えての帰宅が常だった。
そしてエミの母親もまた、現在五十路の主婦ながら電気炊飯器で米を炊くことすら怪しく、包丁などとても持たせられないレベル。
寺の経理台帳の管理どころか家計簿の四則演算も怪しい以前に、完全に逃げ腰。
こうした両親の姿が大人のお手本であり、世の中の基準となってしまった以上、努力なる二文字の回避は当然だった。
そんなエミのストレス発散法のひとつが、家族で外出時の、法外かつ意味不明な買い物ねだり。
特に欲しくも必要でもない、視界内に止まった商品を片っ端から、
「あれ買って!これも買って!うわあーん!ぎゃわああああんっ!」
喉が裂けるほどに泣き叫び、売場の通路を転げ回り始めると、両親も祖母も毎回お手上げ状態。
それがたとえば数万円単位の縮緬細工であったにせよ、買ってもらえるまでは梃子でも動かず、周囲の視線に負ける形で財布を開く繰り返し。
「いやあねエ……どうしてなの?こんな高くて良いもの、エミちゃんのお友だちは誰も買ってもらえないのよ」
おばあちゃんのお決まりのこの一言が、小さな心をさらに深く残酷に傷つける。
「私はお友だちが欲しいのに!また一番聞きたくないことを言った!」
心身の奥底から湧き上がる説明のつかない感情が、治まりかけた半狂乱手前状態に再着火。
結果エミの部屋は全身が埋もれるほどに積み上げられた、未開封の箱の山に占拠されることに。
4. キッカケ
「それではここから自由行動にします。各班のリーダーとはぐれないよう、グループ単位で行動すること。解散!」
先生の号令を待ち切れぬように、見知らぬ土地での自由行動への緊張感と期待感に胸を膨らませる児童一同。
エミのグループもまた、リーダーの三木を先頭に、最初の目的地へと。
この時点ではまだ、三木に対して特別な感情を抱くどころか、
「これから歩き回るのはしんどいな・・・・・・」
率先して自分を連れ回そうとする、むしろ勘弁願いたい存在だった。
「お父さんもお母さんも、きっと今の私と同じように、我慢の修学旅行だったんだろうな」
そんな自問自答の心の声を遮るかのように、リーダーの元気な肉声が割り込んできた。
「ようし。他のグループは集合時間が近づいてから、あわててお土産物屋さんに殺到するに違いないぞ。空いている今のうちに買い物を済ませてしまおうぜ」
文武両道トップクラスの三木ならではの提案に、エミも黙ってお買い物タイムに帯同するも、ここで早くも大きな問題が。
お小遣いは1人2000円まで。
打出の小槌のような財布を携えた大人たちを伴った無尽蔵の買い物しか知らず、さらには咄嗟の暗算が苦手なエミ。
2000円の自己管理どころか、その価値も、これで何が買えるのかもわからず、ただ現状に窮するばかり。
他の仲間たちは気になる商品をあれこれ手に取り、会話のキャッチボールを弾ませている。
「これ、お母さんに買って帰ろうかな?だったら残りがこれだけになっちゃうし」
「これ2つ入りだから、一緒に買って分けようか?だったらまだ1200円残るぞ」
いいなあ……みんな電卓みたいだな……
ポツンと通路の隅に立ち尽くすエミの腕が、突然グイッ!と引っ張られたかと思えば、
「こっち来いよ。一緒に何か買おうぜ。実は俺、ちょっと予算ピンチなんだ」
驚いて顔を上げれはそこに、三木誠也の浅黒い笑顔が。
5. ちいさなこころ発芽手前
「こらっ!早く就寝っ!」
「クスクスクス……」
幾度目かの先生の注意の声と、心地よい疲れからくる眠気。
エミにとって人生初の、仲間との会話らしい会話とコイバナも、お開きの時間を迎えることに。
布団に入りひとりまたひとりと、ルームメートが小さな寝息を立て始めている。
自身にとっては怒涛以上の初体験の数々に、エミは戸惑いと興奮が抑えられなかった。
学校って仲間って、こんなだったのか。
それからお金って大切なんだ。
それからそれから……
暗算が苦手な自分が困らぬよう、だからと決して笑ったり馬鹿にしたりせず、
「一緒にな」
ひとりっ子の自分には存在しない、もしかすれば頼もしい兄のように、あくまで自然に知らない世界の扉を開いてくれた。
「ところでエミは誰が気になるの?」
「三木君」
言っちゃった。
ここから歩む人生が詰まった小さな種子に、遅ればせながらもこの時ようやく、小さな亀裂が一筋。
微かな寝息の合唱に加わったエミもまた、キラキラ輝く未来を生きる、今はまだ無色の蕾。
今もまだわかんないけど、わかりたいと思う気持って、こんな感じなのかな?
めんどくさくないどころか、この時間が永遠に続いてほしいな。
もしかしたならこんな気持ち、生まれて初めてかも?
それからそれから・・・・・・みんなといっしょで、かまわないのかな?
みんなといっしょだよ。

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