ひを5月22日「しし、いのちのかたまり」

noteに掲載した詩のようなものを読んで数行書き直したものです。時々、削除しようかなという目線で読み直すこともあるのですが、これは残ってしまった。


  しし、いのちのかたまり

                

朝ふと紙に未知の、ラ猫ルー、の在り処を記録するために

ひとりする夏
自費ぶくろの町から
深いねぎが生えている路面に
ヒジキも鹿尾菜も
お金に
と鳴る慈悲ぶくろの戸口で夏が
池になってゆく
みそ汁熱い大将ホンダワラ科
羊栖菜の観察しないしないば
読めなかったと男は踊るひものオオ田原城下に
と転がる桃のじゅうたんをやぶり
ドアを開けたり閉めたりすることが
街の蝉なんだと
ゆらしている
冷蔵庫の湯
ショキショキ
夜の川の音でつくった、小豆あらいの湯のまつりに
うにがぽつりぽつり

起き上がれない布団のまわりをそうやってザシキワラシ類の
囃しながら、走り回っていた夏
ひじきが戻っていき
人の腕は枕には遠く近すぎる
紙をえらんで
うすい本を作った

「しし、うすいかみ」

「そうだよ、いのちのかたまり」

衰える方向と芽吹く方向があるひじきの方向を整え、出荷する
うにが光るなんておかしいから、とふられた絵が残っていたTシャツ 印刷するには足りない言葉と長すぎる沈黙 絵のなかに帰っていく
きのこ。の影は昆虫のようにうごいて

うごく影らは畳とつながっているいきもので、一個一個のきのこ。の影。

静かなザシキワラシの記憶がいつからそこに居たのか、うにを閉じる

空っぽのバイオリンを首にはさんだまま動けない夏日
止まった時間が流れるとき「さかながれる」と言うかな
さかなのながれはラ猫ルーと囁いたら水の音楽ながれるコンビニ・・エンス・・スト、ああああ
       
今年も、コンビニで、夏ギフト。うすい冊子をもらってきました。いぼの糸、ほたてフライ、明太子などの写真
       
お歳暮をやり取りする家の、箱が届く記憶が、めくりながら遠く、また遠く、届く。
送るところがなくても、夏になると冊子だけはもらってくる。と手が動く。それがもしや
だいじ(大事MANブラザーズバンド。あの歌を歌い出すと人が群がってくるのを、昭島のモリタウンでぼくは聴いた)いちばん大事かは、
ころころかわり
夏のあいだ発送はつづく

影ラ子猫ルル―

しし、いのちのかたまり。

まどえふ終刊号、風都市42号、グッフォー77号、呪文のようだとめくっていくとわからない夜の畳が幾つも潜まれていて血をかよわせます。「ししって、うすいかみ。まくらの川が流れている。真駒内川。もっとたくさんの野原」交野が原88号には古い号だがよき・・と付箋があり、野原と石と川と

そこにだけあらわせる、日々のかたまり、
そこにだけあらわせる、
声の、光るうに、

まねごとからはじめるこどもの血がさわぐ
やわらかい寄稿、漂流ルル―
押し入れと思って開けたらボウリング場だったきのこ 沢山くるんだきのこは押し入れに並び ふすまを閉めながら
ザシキワラシが落とした鹿尾菜を集めて定まらない文字で
ひじきで書いた字がふくらみ菜に煮ていく左がわの
読み手のない街に暮らそうとする鹿もししの、ちのかたまり
ゆっくり家を出ていく枕が新しい枕とすれ違うとき青い小豆がこぼれるそれは街、右ルルー


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