家庭菜園をやってみて、人の成長に関わることとの共通点をふと考える
ベランダのプランターで育てているプチトマトが、私の背丈を越そうとしている。買ったときは、ほんの数十センチだったのに。
植物は、静かで、たくましい。
植物を育てている中で、ふと立ち止まって考える。
どのくらい手間をかけるべきか?
どのくらい信じて、放っておけるか?
この問いが頭に浮かぶのは、私がコーチという“人の成長に関わる仕事”をしているからかもしれない。
プチトマトへの愛情が募るほど、私は世話を焼いた。
毎朝、起きる時間を10分早めてベランダに出て、水をやり、葉を観察し、伸びた茎を支柱に結んだ。
ある日ふと思った。
自然の中で育つ植物は、雨が降れば水を得て、降らなければ水を得ない。
もっとシンプルで、もっと不確かな環境で生きているのではないか、と。
「人が関わる」とは何か。
過剰に守ることなのか。
それとも、信じて見守ることなのか。
水をあげるという行為ひとつ取っても、正解はない。
ただ、目の前の小さな変化に気づき、できる一手を撃ち続ける。
それだけだ。
人の成長に関わるということも、そういうものだと思う。










