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声を失い、“音”そのものへ辿り着いた —— Gia Margaret『Singing』

Gia Margaretの作品を振り返ると、この人はずっと“歌うこと”を疑い続けてきた音楽家だったのだと思う。シンガーソングライターとして出発しながら、途中で本当に声を失い、その結果、言葉の外側へ向かっていった。そして今回の『Singing』で、ようやく“声”へ戻ってくる。だがそれは、デビュー当時の自分へ回帰することでは全然ない。むしろ、声を失った時間を経由したあとでしか辿り着けない歌になっている。

シカゴ出身。幼少期からクラシック・ピアノを学び、一時は音楽大学進学も考えていたが、その教育環境を「創造性を制限するもの」と感じて離れている。その後、ベビーシッターや書店員、歯科助手などをしながら音楽活動を続け、2018年に『There’s Always Glimmer』で本格デビュー。

当時のGia Margaretは、インディ・フォーク以降のSSW文脈で語られることが多かった。Phoebe BridgersやJulia Jacklin周辺にも通じる、静かで親密な歌。ただ、彼女の場合は最初から少し異質だった。フォークというより、“空間”を作るタイプのソングライターだったからだ。

『There’s Always Glimmer』では、その感覚がかなりよく出ていた。ギターやピアノを軸にした曲なのに、演奏より“余白”のほうが印象に残る。録音もかなり近距離で、息遣いや部屋鳴りが強い。しかも、歌い方にはどこか“ためらい”があった。感情を強く押し出すのではなく、少し引いた位置から言葉を置いていく。そこが普通のインディ・フォークとは違っていた。

そして2019年、ツアー中に体調を崩し、声帯を痛める。結果、長期間まともに歌えなくなった。この経験が、彼女のキャリアを完全に変えてしまう。普通なら“沈黙の時期”になってもおかしくなかったが、Gia Margaretは逆方向へ向かった。歌えないなら、歌のない音楽を作ればいい。そうして生まれたのが、2020年の『Mia Gargaret』だった。

これはかなり重要な作品だったと思う。当時のインディ・シーンでは、アンビエントやネオ・クラシカルへ接近するSSWも増えていた。だが、『Mia Gargaret』には単なる“静かなインスト作”ではない切実さがあった。声を失った人間が、どうやって感情を残すか。その試行錯誤が、そのまま作品になっていた。

音楽的にも、かなり大胆だった。ピアノ、シンセ、環境音、持続音。構成はミニマルで、曲というより呼吸に近い。しかも、この時期のGia Margaretは“アンビエント化”したというより、“音を聴く速度”そのものを変えた感じがある。時間がゆっくり流れ、感情も輪郭を失っていく。その感覚は、GrouperやJulianna Barwick以降のアンビエント・フォークとも接続していた。

さらに2023年の『Romantic Piano』では、その方向性をもっと純化する。タイトル通りピアノ中心の作品だが、クラシック・ピアノ作品集ではまったくない。むしろ、“ピアノを思い出す音楽”みたいなアルバムだった。本人も「初心者の心でピアノへ向き合いたかった」と語っているが、実際、技巧を見せる作品ではなく、“音が鳴る感触”そのものを大切にしていた。

そして今回の『Singing』だ。ここまで歌から離れてきた人間が、『Singing』と名付ける。その時点で、かなり覚悟のある作品だと思う。

実際、このアルバムでは久々に声が前面へ戻っている。ただ、その歌声は以前とはかなり違う。昔の彼女は、もっとインディ・フォーク的な“親密なささやき”だった。だが今作では、声そのものが少し壊れやすい。息が多く、揺れがあり、完全にコントロールされていない。そこが本当に素晴らしい。

近年のインディ・フォークやアンビエント・ポップは、時に“美しさ”を整えすぎることがある。だが『Singing』には、ずっと身体感覚が残っている。声帯を失った経験が、そのまま歌へ刻まれている。

音楽的にも、今回は過去三作の集大成みたいな作品だ。『There’s Always Glimmer』のソングライティング、『Mia Gargaret』の空間感覚、『Romantic Piano』の持続音。その全部が自然に繋がっている。

特に印象的なのは、“音数の少なさ”だろう。ピアノ、シンセ、環境音、時々ギター。アレンジ自体はかなりシンプルだ。だが、その余白が異常に豊かだ。最近のアンビエント・フォークには、“雰囲気”だけで流れていく作品も多いが、Gia Margaretはちゃんと“曲”を書いている。そのメロディが、静かに残る。

一方で、作品全体にはかなり“夜”の感覚がある。朝の希望ではなく、深夜の静けさ。そこがGrouperやThe Blue Nile、あるいは後期Talk Talk周辺とも少し繋がる。ただ、Gia Margaretの場合はもっと生活感がある。高尚なアンビエントではなく、“ひとりで部屋にいる時間”の音楽だ。

また、このアルバムは近年の“女性SSW”的文脈からも少し離れていると思う。Phoebe Bridgers以降のUSインディには、かなり言葉中心の流れがあった。一方Gia Margaretは、どんどん“言葉の外側”へ向かっている。歌詞より、声の震えや、沈黙のほうが重要になっている。だから『Singing』は、“声を取り戻した復活作”というより、“声を失ったあとでしか作れなかった歌”として聴くべきだろう。

そして何より、このアルバムには“無理に感動させようとしない強さ”がある。病気や喪失をテーマにした作品は、ともするとドラマチックになりすぎる。だがGia Margaretは、それを静かに置いている。ただ音を鳴らし、呼吸し、歌う。その慎重さが、逆にものすごく深く響く。

『Singing』は、アンビエントでも、フォークでも、ピアノ作品でもある。だが最終的には、“声を失った人が、もう一度歌へ触れるまで”の記録なんだと思う。そして、その過程がこれほど繊細に音へ残されたアルバムは、ここ数年でもかなり珍しい。

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