「副首都」、政治家の意向抜きで、確率的費用便益分析で決めてみた | 第1話 導入と結論
日本の副首都をどこに置くか、という話を最近よく聞く。ただ、この議論はどうしても「地元誘致」と「政治判断」の綱引きになりがちで、正直、外から見ていて疲れる。
そこで、ちょっと違う角度から遊んでみた。副首都の意思決定をAIパネルとして設計し、政治的な要素を全部取り除いたら、どこになるのか。物理量と統計量だけで判断させたら、何が出てくるのか。
この記事は、その試みの4話連載の第1話にあたる。連載全体の見取り図と、結論だけをここに書く。方法論の詳細(各機能の許容中断時間をどう出したか、最適化をどう回したか、動的評価をどう組んだか)は第2話以降で書いていく。科学的な手触り感を保ちたいので、要所は数式と数字を出す。ただ、雰囲気だけ読みたい人は結論部分だけ拾えば十分になるように書くつもりでいる。
結論から先に
中枢A(意思決定継続):盛岡
中枢B(バックアップ):青森または仙台
決済拠点:旭川・仙台・盛岡・札幌から3〜4市を分散配置
立法:どこでもいい

「東京を捨てる」という話ではない。平時は東京が首都であり続けて、首都圏が失われたときの保険としての副首都、というのが今回の設定である。
そして、なぜこの結論になったかというと、日本列島の地質学的構造を考えると、首都直下の強震域外・南海トラフの強震域外・巨大カルデラの火砕流到達範囲外という三条件を同時に満たす地域が、北日本内陸〜日本海側にしかないからである。目的関数の選好ではなく、単に日本列島がそういう形をしている、という話に近い。
1999年の議論を、今の道具で解き直す
副首都・遷都の議論は、実はかなり長い。1999年に国会等移転審議会が答申を出しており、そこでは栃木・福島南部・岐阜東濃・三重畿央が候補地とされた(国土交通省)。
この審議会はAHP(階層分析法、Analytic Hierarchy Process)という手法を使った。評価軸を階層化して、それぞれに重みをつけて総合評価する、という比較的まっとうな方法である。ただ、AHPは重みの決め方に人間の判断が入るので、恣意性が残る。「災害対応力を何%重視するか」「東京からのアクセスを何%重視するか」を変えれば、答えも変わる。
それから25年経った。この間に変わったものが、大きく三つある。
一つ目、南海トラフの見積もりが大きく変わった。現在、地震調査委員会は30年発生確率を60〜70%としている(地震調査委員会)。1999年時点ではここまで高くなかった。副首都構想への影響は決定的である。後で計算するが、南海トラフの寄与は首都直下の3.9倍になる。副首都は首都直下の保険というより、南海トラフの保険という側面が大きい。
二つ目、金融決済の一日中止が経済に与える衝撃が具体化した。2023年10月の全銀システム障害では、10行が2日間止まり、未処理87万件を出した(全銀ネット)。「決済が止まる」ことの実害が、数値で語れるようになった。副首都は「意思決定機能を守る」だけでなく、「決済機能を守る」役割が新たに重要になる。
三つ目、最適化を回す計算資源が、桁違いに安くなった。AHPで重みを手で決める代わりに、目的関数を直接書いて、6万パターンの離散最適化を数分で回せる。恣意性を排除するには、目的関数を明示的に書き下すことが一番効く。今回はここを試した。
というわけで、今の道具で1999年の議論を解き直したらどうなるかが、この連載の骨格である。手法としては、AHPではなく確率的費用便益分析(Probabilistic Cost-Benefit Analysis)を採用する。期待損失を確率的に計上し、投資額と比較する、という古典的な手法である。
使った方法の全体像
副首都を客観的に決めるために、5つの層に分けて計算した。この連載の骨格でもある。
第1層(第2話で詳述):機能クラスタ別の許容中断時間(RTO, Recovery Time Objective)を物理から出す。首都機能を7つに分ける(監視・意思決定・立法・救助・決済・対外代表・医療)。それぞれ、たとえば「決済は日銀ネットが何時間止まると金融システム全体が凍結するか」「医療は透析患者が中止から何日で亡くなるか」を、行政的にではなく物理から出す。
第2層(第3話で詳述):災害の期待損失を、独立事象として足し上げる。首都直下と南海トラフを別々に計上して、それぞれの被害想定から損失を積算する。
第3層(第3話で詳述):全国34地点から、機能ごとに最適な配置を選ぶ。6万パターンの候補配置を計算して、目的関数を最小化する組み合わせを選ぶ。
第4層(第3話で詳述):統合して、副首都の構成を決める。
第5層(第4話で詳述):時間軸を入れて、動的に評価する。副首都構築は10〜30年かかるので、その間に地震が起きたらどうなるかも計算する。
各機能クラスタの目的関数は互いに独立に働く。決済の目的関数は日銀ネットの値から、医療の目的関数は透析中央値から、救助の目的関数は要救助者数から、それぞれ独立に導かれる。ひとつの権威が全体を決めるのではなく、各機能領域の物理量・統計量が、それぞれ独立に決めるという構造にした。
これがこのパネルの主張の核心である。副首都の配置は、政治家が決めるものでも、AIが決めるものでもない。物理と統計が決める。AIはその計算を高速に回す道具に過ぎない。
置いた前提を、先に全部書いておく

「客観的にやりました」と言っても、前提を隠していれば恣意性は残る。だから、置いた前提を先に全部書いておく。この前提を変えれば、結論も変わる。
前提P-1:一人の命の価値を2.26億円で計算する。国交省の公共事業評価で使われる下限値(国土交通省)。倫理的な抵抗はあるが、費用便益分析では必要な数字。より高い値を使えば副首都の便益はさらに大きくなるので、この値は保守側の選択である。
前提P-2:将来の便益は年4%で割り引く。国交省・財務省の推奨値。この値は結果に強く効く(3%だとNPVが1.4倍、5%だと0.7倍)。第4話で詳しく扱う。
前提P-3:首都直下と南海トラフを独立事象として計上する。両方の30年発生確率を素直に足す(λT=0.0401\lambda_T = 0.0401λT=0.0401/年、λN=0.0350\lambda_N = 0.0350λN=0.0350/年)。1999年時点では、南海トラフをここまで真剣に計上していなかった。
前提P-4:施設の運用費として投資額の3%/年を計上する。データセンター・官庁施設の warm 待機の実務相場の下限値。第4話で扱う。
前提P-5:現行の法制度は、副首都議論の中で必要なら変更できるとする。「法律でこうなっているから」を判断根拠から外す。副首都特別地域指定などの立法は必要に応じて行える前提。
前提P-6:現職政治家の発言、政党の主張、既存の指定制度は判断材料にしない。「首相がこう言った」「〇〇党の政策では」は全部無視。物理量と統計量だけを使う。
以上、6つの前提の上で計算した。これらの前提が違和感なく受け入れられるなら、以下の結論も受け入れやすいはずである。前提を疑うのは、もちろん自由である。
途中で出てきた、意外だった発見
計算を回している間に、当初の直感に反する事実がいくつか浮かび上がった。連載の各話でそれぞれ詳しく書くが、ここで先に挙げておく。
南海トラフを算入すると、副首都の便益は約4倍になる(第3話)。首都直下だけを見ていると、副首都の意義は限定的に見える。でも南海トラフを足すと、期待損失は67.4億円/年から262.0億円/年に跳ね上がる。副首都の期待便益はほぼ全部、南海トラフから来ていることになる。
立法機能は立地選定の対象にならない(第3話)。国会は移すのに何ヶ月かかっても大きな損失が出ない(許容中断時間が長い)。だから最適化を回しても、立法機能はどこに置いてもほぼ同じ答えが出る。副首都を「国会移転」から議論するのは、核心を外している、ということになる。
運用費が投資費と同じくらい重要(第4話)。warm 待機の運用費は年200.9億円で、投資年価311.7億円の64%に達する。「建てて終わり」ではなく、永続的な運用体制の設計が同時に問われる。
構築速度が支配的(第4話)。10年で建てるか、6年で建てるか、15年で建てるかで、副首都の便益(NPV)が大きく変わる。10年→6年に短縮するとNPVがほぼ変わらないまま、構築中に地震が起きる確率が52.8%→36.3%に下がる。副首都を作ると決めたなら、決定後は速くやるべきという強い含意がある。
副首都は複数拠点でなければならない(第3話)。機能ごとにRTO(許容中断時間)が違うので、単一地点に集約すると、決済または救助のどちらかで制約違反になる。副首都は一つに絞らなくていい、というのは今回の分析の重要な発見のひとつである。
AIが決められなかったこと
正直に書くと、AIが決められなかった部分もある。中枢Bの選定は、盛岡・青森・仙台の3市で採択率が18%/18%/17%で、統計的に区別できない。モデルが「この3市は等価だ」と言ってきたので、そこから先はモデルの領分ではない。
ここから先は、地政学(対中・対露の防衛戦略)、社会経済(雇用創出、地域開発)、歴史・文化(東北の県庁所在地、震災復興)、実現可能性(用地取得、住民同意)で決めるしかない。政治的意思決定に委ねる部分が、ちゃんと残っている。
「AIで全部決まる」とも「政治は不要」とも思っていない。モデルの領分と政治判断の領分を、明示的に切り分けることが、恣意性の排除に一番効く、というのが今回の実感である。
この記事が「言っていないこと」
副首都議論は誤解を招きやすいので、この記事が主張していないことも明示しておく。
東京を捨てるべきとは言っていない。副首都は保険であり、遷都ではない。
盛岡が絶対に最適とは言っていない。上位候補の中で最も高い採択率(26%)を得た、というだけ。
副首都を今すぐ作るべきとは言っていない。作るなら加速構築(6年)が良い、という条件付き結論。
政治は不要とは言っていない。AIの領分外の判断(中枢Bの3市選択、構築速度、予算、法整備)は、全部政治判断に委ねている。
連載の続きの予告
第2話では、機能クラスタ別のRTOを物理から出す過程を書く。決済は日銀ネットから、医療は透析から、救助は生存率曲線から。この作業がこの連載で一番「手触り感」があるはず。
第3話では、目的関数を書き下し、6万パターンの離散最適化を実際に回す。結果として東北3市+北海道2市に集中していく様子を、上位100解の頻度分析で見せる。
第4話では、動的評価(NPV)と加速構築の選好、そして総括。1999年審議会が扱わなかった時間軸の視点で、この連載を締める。
各話は独立に読める作りにするが、続けて読むと副首都構想の全体像が手触り感を持って伝わる、という設計である。
