自分を形作った人生の思い出走り書き

今の自分の嗜好を形作った幾多の思い出を遡ってみるに、小学校でカシオのゲーム電卓SL-880にハマったのに端を発しているように思う。電卓なので横一行の画面、右側から迫り来る数字がインベーダーで左端の数字は砲台。数字を合わせてショットすると同じ数字が消える。同社の同シリーズで出たボクシングゲームBG-15にも夢中になった。

BG-15T

その後、同社のPB-110というBASIC言語搭載のプログラム電卓でプログラミングにハマり、夢中になってゲームを作り始めた。中学2年の頃にゲームパソコンSORD M5(49800円)を誕プレに買ってもらってパソコン誌PiO(ちなみにPiOとは「Parallel I/O」の略なんだそう)に「野球拳」を投稿、掲載されて稿料9100円(源泉徴収10%)もらって味をしめる。中二で野球拳を作って応募してしまった辺り、今にしてちょっと自分のアヴァントな感じを覚える。同時期に中学校では美術部に所属して映像作りにもハマっていて中古の8mmカメラ(シングル8のZX550だったような気がする)を手に入れてメモアニメや切取りアニメを作って文化祭で発表したりしていた。同時に音声は撮れないのでアフレコが基本である。撮影に失敗したフィルムも無駄にせず、シネカリグラフという技法でアニメーションを作ったりして、まさしく映像の色々な手法や表現に嬉々として遊ぶ、熱中時代だったー。剣劇を実写撮影後に役者が振り回してる木刀部分をシネカリで削ってライトセーバーにしたり、何も出てない銃からビーム発射したりとアニメの透過光のような特撮が出来る基本テクだった。ただ、ひとコマ8mmサイズの小さなフィルムを直接削るという荒業であり、デジタルではないのでやり直しの効かない一発勝負だから、部屋を暗くして自作のトレス台にフィルムをのせて楽しくも物凄く集中して作業していたのを覚えている。そのままの流れで高校では映画同好会を自ら立ち上げて活動、同好会だと年間活動費が8000円だったかな、2年後に部に昇格して2万円に。後輩に引継いで、さらにその後は弟が同じ高校に入学して部を継続していった。結局10年持たずに映画部は消えたらしいが色々楽しかった。俺の青春ー。拙い色恋も多少なりとあったんだけど、それはまた別の機会に。高イチから初代会長の自分は、夜の学校を駆け回りながら「Fin du siècle」というゴーストバスターズみたいな、学校の怪談みたいな映画を撮って文化祭で発表。その後、同じ高校に入った弟が「遊撃隊」という学園エスパー戦隊ものジュブナイルみたいな映画を撮ったりする。やや子供じみた青春時代を送ってたような気もするが、それはそれで猛烈に楽しかったので特段の後悔はない。高三になってからも冬期のギリギリまで一日中それこそ夜遅くまで部活にエネルギーを注いでいた。そして、秀才でもないのに無謀にも呑気にも一か月前から受験勉強を始めて千葉工大を受けて案の定落ち、かつて鶯谷の近所にあった専門学校に入る。この頃はSHARPのPC-1500というポケコンで授業中にRPGを作って遊んだりしていた。この頃、十代の終わりから三十代にかけては、バイクにもハマっていたのでその遍歴も記しておきたい。
原免を取ってすぐに乗った原付CY50に始まり、中免取って乗り始めた、重くて走り出したら止まるの大変だったXJ400、江川達也の「BE FREE!」に感化されて乗り換えたVTZ250は実際取り回し良すぎて体の一部みたいに馴染んで10年ぐらい乗ってたけど、いざ親になるという時にもうバイクには乗らないと決め、売っぱらって以来ずっと乗ってない。主人公・笹錦がパイロットヘルメットを被ってるのまで真似してた。
普免も取ったけど、これまで四輪を持つことはなく結局ペーパードライバー。
そういや BE FREE! は日本初の女性首相が誕生する出来事を扱ってたよな。現総理はバリ伝好きだったそうだからバイク繫がりで高市早苗さんも案外読んでるかもしらんねw

俺のオートバイ、メガネの彼女

話を戻して、そのうち高校時代と専門学校の仲間内でTKO Softという同人サークル活動を始めて、アレコレ沢山の同人ソフトをPC-88やPC-98で制作。高校のときに撮った映画を元ネタにした「遊撃隊」という作品が当時、同人ソフトを掲載紹介していた徳間書店のテクノポリスというパソコン雑誌に掲載されてスマッシュヒット。遊撃隊は外伝(PC-88)と続編(PC-98)の前編まで作ったけど大作志向になってしまい、個人では厳しい規模の内容になっちゃって、それ以降は作れなかったが、技術と創作で価値を作っていく工程が面白過ぎてサークル活動は5~6年続き、作品は他にも沢山作った。基本的には非エロ系だったけど、エロ作品も嫌いだったわけじゃない(むしろ苦手だったかも)ので、ちょっとは作ってる。

上記の
あたためっちゃぷらす
ぽんぢゃら
どっかんV!
エキサイティングワイルドフラワーズ
とかその辺ね。

ムラムラくるようなエロいストーリーが作れんのよね。だから勝負して脱ぎ脱ぎみたいなコミカルな作品ばかりになってしまう。ユニークスさんや頭狂倶楽部さんなんかのような突き抜けたものもやってみたかったんだけど、そっち方面のセンスと力量があぁぁ、ナイ。
そして88, 98のDISK-BASICからPC-98のMS-DOS環境に移ってTurbo-C(ボーランド社のC言語)とTASM(ターボアセンブラ)での開発にも慣れてきた頃…やがて、最高にクールだった国産PCの黎明期がWindowsというしょうもない(偏見)黒船によって終焉した。実にとても果てしなく残念だったが、しばらくしてオニオンソフトという超有名老舗同人サークルのおにたまHSP(Hot Soup Processor)というWindowsで動作するBASICみたいな言語を公開してるのを発見して声をかけ、秀和システムから入門解説本の出版にこぎつける。HSPを盛り上げるためにプログラムコンテストを開催したりして、まさかその後、20年以上も続くとは。いろいろすっとばして最近はHololiveにもハマってる(宝鐘の一味)、カバーの株も買ったりして応援中。コンテストのゲストに呼びたいし、セカワーの話も擦ったりしたいなぁwww

作った映画や同人ソフトの一つ一つに思い出もある、TKO Softで一緒に作品作ってたメンバーのことや、商業ソフトに関わってたりもあったけど、仔細つまんでたら意外と書ききれないもんだな、時間足りない。こんな僕でも、人に歴史有りなのねん。アレコレ拗らせてた憶えもあるけど、ふり返れば状況にも時代にも恵まれていたと思うし、足掻いたからこそ生じた幸運もあった。今、刻を経て本当に迷わずやってて良かったと思うのは、その対象が人でも趣味でも仕事でも、「好き」に注力することが決して無駄にはならないということだ。何かを、誰かを好きでこそ活きる、「好き」を嗜むことこそ人生よ。

※思いつき書きの乱筆雑文だけど、だからこそAIには書けまい。少しくらいニホンゴがおかしくてもこれでいいのだ。都度ブラッシュアップしていくよー

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悠黒 こんな駄文にお金使っちゃいけません。気持ちだけお受けしますね。むしろそこまで考えてくれてありがとう。みんな、承認欲求、創作欲、サービス精神、感想、感謝、好意などの感情報酬だけで生きるべきであり、来たれお金不要の社会と思うわけで、とりま前段として早くBIになぁれ。